アメリカ戦艦「ワシントン」
「ワシントン」は、ドイツ戦艦「ティルピツ」に備えて、1942年3月〜7月、一時イギリス本国艦隊に編入された。

「加賀」の改装計画当時には、飛行甲板前部に艦発促進装置(カタパルト)を2基設置することにしていたが、有効なものを開発できなかったため、装備されずにおわった。(幻の巨大戦艦P142)

「赤城」の改装では、高角砲は予算の制約から従来の12センチ連装高角砲6基のまま据え置かれたが、新たに91式高射装置が装備され射撃精度が向上した。機銃は「加賀」より増強され、これまでの13ミリ機銃にかわって25ミリ連装機銃14基と、その射撃指揮装置が新たに装備された。(幻の巨大戦艦P154)

アイオワ級の計画に当たっても18インチ砲搭載案があったことも事実で、さらに試験用として18インチ48口径砲(マーク1)の製造を行ってテストした実績も有していた。「大和」型は46センチ45口径砲。(幻の巨大戦艦P178)

昭和19年春の対空兵装強化の折、「大和」は12.7センチ連装高角砲6基が増設されたが、「武蔵」に増強すべき高角砲の準備が間に合わなかったので、25ミリ3連装機銃6基が高角砲設置場所に臨時に置かれた。しかし最後までこの点は改正されなかった。(幻の巨大戦艦P256)

初めて46センチ砲(18インチ砲)を搭載した軍艦は、第1次大戦中の1917年に英国が完成させたハッシュ・ハッシュ・クルーザー・フュリアス(45.7センチ砲1門)である。ただし本艦の46センチ砲は40口径であり、「大和」の45口径46センチ砲とは、その威力に格段の相違があった。(幻の巨大戦艦P257)

連合軍側は百式司偵が現れた2、3日後には、必ず日本軍の攻撃があるところから"写真屋のジョー"と呼んで、その飛来を恐れた。(幻の戦闘機P109)

戦闘機の場合、前面からの弾丸がパイロット背後の防弾鋼板に当たって跳ね返り、かえってパイロットを傷つけるという現象もあったようである。(幻の戦闘機P126)

戦後数年たってから発表されたレポートによると、昭和14年の計画である雷電は、21型で時速671��(高度5,060��)、同じく昭和14年の計画である陸軍の3式戦飛燕は2型で685��(高度8,590��)、昭和16年の計画である4式戦疾風は689��(高度6,100��)となっており、上昇力その他も含めて、いずれも計画値を上回る高性能となっている。(幻の戦闘機P199)

P38の試作機1号機XP38は昭和15年1月に初飛行しているが、それから1年後の昭和16年2月発行の「航空朝日」誌上で、時速800�舛旅眤�戦闘機として紹介され、航空に関心のある者を驚かせた。(幻の戦闘機P219)

雷電を設計した堀越二郎技師は、その計画初期のエンジン選定の段階で、当時進められつつあったダンムラーベンツDB601Aの国産型の装備を検討していた。しかし、海軍は国産DB601A「アツタ」の信頼性不足を理由に、液冷エンジンの使用を許さず、やむを得ず正面面積の大きな空冷の「火星」エンジンを使わざるを得なかった。(幻の戦闘機P225)

空母「アークロイヤル」は、水圧カタパルトを装備していたが、実際の艦載機の発艦の際には、合成風力を得るため風上に針路をとっていたようである。(恐るべきUボート戦P282、P292)

朝鮮戦争期におけるB-29は、対日戦時の喪失機数が五百機近くだったところその約5分の1の百機くらいで済んだ(ともに戦闘以外の喪失機も含む)。(B-29恐るべしP192)