【大砲入門】

一式機動47ミリ砲
昭和14年9月に設計に着手、昭和17年5月に仮制式を上申、同年9月に制定された。
初速は830メートル、弾薬は一式徹甲弾
最大侵徹量
一式徹甲弾で、第1種鋼板に対し、弾着角90度で、
至近距離射撃をした場合は、
装甲厚70ミリ弱
射距離1000メートルの場合は、
装甲厚50ミリ強

試製機動57ミリ砲
昭和18年に試製が竣工。
初速は870メートル、弾種は試製一式徹甲弾。
射程1000メートルで60ミリ鋼板貫通を目標とした。

一式47ミリ戦車砲
49口径、初速830メートルの57ミリ砲と、48口径、初速800(810とも)メートルの47ミリ砲を試作したが、対戦車砲に47ミリ砲が採用されることになったので、弾丸を共通する便宜のため、戦車砲も47ミリを採用することになった。
弾薬は、一式徹甲弾
一式47ミリ戦車砲は、昭和17年4月に制定された。

M4シャーマンの砲塔全面の装甲は85ミリ

【陸軍兵器発達史】

一式機動47ミリ砲
弾丸は1.5(1.2とも)キロ。
1300メートル離れた3.7センチの装甲板を撃ち抜くことができた。
昭和20年、富士戦車学校における講義で「米戦車に対して………47ミリ砲なら900メートルから撃っても効果がある」と教えている。

M4シャーマン戦車は、車体の装甲の一番うすい部分が2.5センチ、最厚部が7.5センチだった。

昭和20年、沖縄の首里の北方、西原を米第27師団のM4シャーマン戦車30両が、数輌ずつ分かれて南下してきた。
64旅団は台地に待ちかまえて一式47ミリ機動砲で狙い撃ちした。
距離300メートルという近さだったため初弾から命中、1発ずつで米戦車5輌を次々と擱座させたという。
このとき、逃げる残りの戦車に41式山砲や高射砲も火を吐き、地雷や歩兵の対戦車肉薄攻撃の戦果も合わせ、30輌のうち22輌を破壊したのである。

昭和20年、フィリピンのルソン島で、米第6方面軍を迎えうった戦車第2師団(撃兵団)に一式中戦車があったが、M4に命中した弾丸は、ハジキ飛ばされて勝負にならなかったという。

【日本陸軍兵器総覧(一)】

一式47�亠‘伊�
昭和15年に完成、翌16年に制式採用された。
全長2.256m、初速830m/sec、発射速度は1分間に最大20発、対戦車戦用には一式47�佚姐鍛討鮖藩僉�

試製57�亠‘伊�
砲身全長3.255m、弾量2.7�圈⊇藺�約870m/sec