ブリテン
450頃 ジュート、アングル、サクソン人は、ローマ人が400年頃に放棄したイングランドに上陸、ブリトン人をウェールズ、コーンウォール、スコットランド、ブルターニュ(アルモリカ)に追い、七王国を建設―ケント(ジュート)、ノーサンブリア、マーシア、イーストアングリア(アングル人)、エセックス、サセックス、ウェセックス(サクソン人)。
7世紀にノーサンブリア、8世紀にはマーシアが優勢になり、コーンウォール、ウェールズまで拡大。
793 ノルマン人のリンディスファーン修道院略奪。
802-839 ウェセックス王エグバート。アングロサクソン諸国の宗主権を獲得。

ルーシ
800-850年の間にスウェーデン人のヴァイキング(ロシアではヴァリャーグという)は好戦的商人として、ラドガ湖周辺のスラヴ諸部族の真ん中に賢固な城砦を備えた支配地域(ガルダリク)を建設。
スラヴ人とフィン人の諸部族によってその国に招かれ、リューリクに率いられてノヴゴロド地域に渡来。
リューリクのもとでノブゴロドから北部ルーシが統一された。
858 リューリクの従者、アスコリドとジールは、キエフに到達。
860 コンスタンティノープル攻撃は失敗。
882 オレーグ賢公〔879-912〕は、北部(ノブゴロド)と南部(キエフ)を統一。キエフはルーシ国家の首都となる。 
キエフ国家
944 イーゴリ〔912-945〕はコンスタンティノープルの攻略に失敗してして後、ビザンツと通商協定を結んだ。

スペイン
756-1031 後ウマイヤ朝
ウマイヤ家滅亡の後、ウマイヤ家滅亡の後、ウマイヤ家アブドゥル・ラフマーンはイベリア半島に渡り、後ウマイヤ朝を開いて都をコルドバに定める。
アブドゥル・ラフマーン3世〔912-961〕はカリフの称号を得、その後、黄金時代を迎えたが、11世紀には内紛が起こり、小王国に分裂する。
ナバラ王国
サンチョ3世〔1000-35〕、1029年にカスティリャ伯領を相続し、王国をアラゴン、カスティリャ、ナバラ(1234以降、フランスの勢力下に入る)に分割。
バルセロナ伯領
スペイン辺境領に由来。
アストゥリアス王国(レオン王国とも)
カリフのアブドゥル・ラフマーン3世の戦勝後、大臣アル・マンスール(勝利者)は上記諸国を制圧(978)。
レコンキスタ(国土回復運動)1031-1260
1008-28 イスラム大内乱(ウマイヤ・カリフ国家の解体)。