「航空機は、戦時中ソ連邦で製造されたもの13万7000機に対して貸与分は1万8000機、戦車は10万2500両に対して1万800両、火砲は1941年から1945年に造られたもの約50万門に対して1万門である。」
しかし、アメリカの武器貸与法、つまりレンドリース法による供与が実際にソ連の戦争遂行を支える上で最大の貢献をしたのは、「後方活動」の分野においてだった。
●トラック40万台
主にアメリカ製(一部はカナダ製)の貨物トラックが大量に供与されたため、戦争中期以降、ソ連軍は兵站能力を大幅に改善させるとともに、戦争後期においては部隊の機動性を大いに発揮させて快進撃を敢行することができるようになった。
また、自動車工業を戦車等の第一線兵器の開発・生産に振り向けることが可能になった(主に自走砲生産)。
●高オクタン価ガソリン
航空機燃料の多くをアメリカからの供与でまかなうことができた。
●鉄道車輌多数と50万t以上の軌道
●缶詰、保存食料
●服地、軍服類
●各種工業機械や資金提供
以上のようにレンドリース法は、武器供与だけでなく戦争遂行にかかわるあらゆる分野の援助を含んでいた。
そして、ソ連邦が独ソ戦争で被った未曾有の損失をのりこえ、戦後、大国として再建がなったのは、戦争中のこれら援助がその基盤となったとすらいえるのである。

1941
歩兵戦車マチルダ 145両
歩兵戦車バレンタイン 216両
ユニバーサルキャリア 330両

1942
歩兵戦車マチルダ 626両
歩兵戦車バレンタイン 959両
歩兵戦車チャーチル 74両

Mk�献船磧璽船詈睚疾鐚屬里Δ繊▲熟△剖〕燭気譴燭里�6ポンド砲(口径57��)を搭載する�祁燭鉢厳燭里澆如�253輌が引き渡された。