◆ 母なる心について・・・2011.5.21
シュワちゃんが女房から三行半を突きつけられている。
家政婦との間に作った隠し子の存在が「発覚した」ため、でございます。
家政婦の方のご面相を報道されたテレビで見ましたが、お世辞にも「キレイ」ではありません。
人は好きズキ、と言いますが、何であのシュワちゃんがこのレベルの女性に手を出したあげく子供まで作ったのか、不思議でございます。
考えてみれば家政婦の女性が本妻よりあらゆる面で真逆であったために、かえってシュワちゃんは興味をひかれて家政婦に溺れることになったのでしょうか。 妻には無い知的さ、がいつものシュワちゃんの緊張をホグして リラックスさせてくれたのでしょうか。 リラックスすれば「ボッキ」するは男の本能、 あたり前の自然現象でございます。 本妻は名門ケネディ家の血筋につながる才女でございます。 移民の子であるシュワちゃんが社会的に成功を治めるためには どうしても「名門の出」という閨閥の力が必要でした。 こうした「髪結いの亭主」の立場は 心の奥ではシュワちゃんにとってストレスでした。 そのストレスを発散する相手として身近な家政婦だった彼女を選んだのです。 同じ屋根の下で暮していながら 留守中に夫婦の専用ベットでもイタしていたというのですから、 本妻の怒りは相当なものとなったでありましょう。 加えて本妻の怒りに火を注いだのは相手の家政婦の美貌でございます。 「何でこんなゴリラのような女に」 と自尊心が大きく傷ついたに違いありません。 夫の浮気は貞淑な妻にとっては許すことのできない背信行為でございますが、 相手が自分より劣るレベルの女性の場合、 妻はもっと傷つき怒り心頭となるのでした。 自分よりこれほど「およびじゃない」女と亭主が乳くり合っていたのか、 と思うと許せないのでございます。 このオカチメンコより私の方がもっと魅力が無い、 と亭主が考えていたかと思うといたたまれない気持でありました。 自分よりおちる女に男を寝取られた女の屈辱感は 言葉に言い現わせられないものでございます。 女性にとって譲れない価値観があります。 それは自分よりレベルの低い女性には絶対に負けたくない、 負けてたまるか、という価値観でございます。 女性は勝ち負けでいつも同性の女性の行動を見ています。 女性が同性の女性を判断するのはその「外見の美しさ」でございます。 その外見の美しさが、社会的に地位のある男の玉の輿に乗って 人生の勝利をつかむことにつながる、と信じています。 外見的に自分より美しい女性には 素直に賞賛し、憧れ屈服するのでございます。 それが自分の美しさより格段に劣ると思われる女が イケメンや高学歴の金持ちの男を捕まえると、 「ズルイ!」と感じられて許せないのでございます。 どんなところがどうズルイのか、は定かではりませんが、 自分よりブスが幸福をつかむと、自分のことはタナに上げて 「きっと嘘八百をついて男を騙したに違いない」と条件反射のように 「ズルイ」と考えるのでございます。 女性には人生でのバクチには縁が無い、と思ったら大間違いでございます。 「いい男を捕まえる」というバクチに勝つために、 女性たちは高級化粧品を買い求め、 有り金はたいてブランド物のバックやお洋服で着飾っています。 シュワちゃんの女房ドノの怒りは、 浮気をして隠し子を作られたことは勿論ですが、 その相手がよりによってシュワちゃんの妹のごとき あのご面相であったことに衝撃を受けられたからでございます。 あんな女に負けた私って、何なのか知らん、 と女房ドノの喪失感はとどまるところを知らぬげでございます。 このことから男たちは同じ浮気をしても、 もしそれが発覚したときのことを考えて、 女房ドノより高いレベルの女性を選ぶことが重要であることを 学ぶのでございます。 うちの亭主はあんな高級な女性(たとえば吉永小百合さま)を相手にして 浮気をしたんだ、と思えれば女房ドノの自尊心は満たされ 怒りも半減するというモノでございます。 くどいようですがシュワちゃんはどうして自分の顔とウリ二つの あのご面相の家政婦に手を出したのでしょうか。 あの家政婦のご婦人には失礼ですが、 シュワちゃんは彼女の仕掛けに乗せられて、 つい手を出す始末になったのでございます。 いやシュワちゃんの方がついムラムラとして先に手を出した、 との見立てもございましょうが、それであっても身持ちの堅い女性であれば いくらでも「断固」として拒絶できた筈でございます。 一回ならず数十回も体を許したあげく夫婦の寝室でもSEXを行ない 妊娠した、ということは家政婦も余程の確信犯であったに違いありません。 彼女のご容貌を拝見しているとTVで人気の大人数家族「ビックダディ」の お母さんのイメージに重なって見えます。 お母さんは沢山の子供を置いて家出して他の男との間に子供を作っては 家に戻り、再びビックダディとよりを戻して子供をはらんで生み、 また家出する、を繰り返している「女傑」でございます。 彼女の特性は天性の淫乱と申しましょうか 男にヤラせるように、ヤラせるように仕掛けていくところにございます。 男好きでSEXが大好きな女にモーションをかけられて 無事でいられる男はこの世に存在しません。 こうした女性たちの特徴は 遠慮のない男と見れば大胆にスキンシップをはかってくることにあります。 急に訳も無く抱きついてきたり、ということをする訳ではありません。 その胸や尻や手を何かというと男の体に触れてくるのでございます。 すれ違う時、物を運ぶ時、隣で一緒に何か作業をしている時に、 無用心とも思えるほどに体を密着させてくるのでございます。 それを流し目でする、のではありません。 まったくその気が無いような風を装って 「あら、偶然に胸を押しつけてしまいました。ご免遊ばせ」 とやってくるのでございます。 それも初めはこちらの出方を覗うように 短くアッサリと触れてくるのでございます。 男好きの女性の一番豊かでやわらかくセクシーな部分を 唐突に押しつけられれば穏やかでなくなるのが人情です。 体に高圧の電気が走ったごとく覚醒するのです。 すると敵は今度はロマンチックにそしてもう少し強引さが感じられる具合に 手に触れたり、背中をなでたり、体のどこかに手を数秒乗せたままの 仕掛けをしてくるといった具合にエスカレートするのでございます。 また時には自分の胸やお尻を指差して、「どうかしら、大きすぎないかしら」 と同意を求めてきたりするのでございます。 触れたり触られたりしている時間が次第に長くなり、 気がつけば攻守所を変えて男の方が逆上をして 女性を後ろから羽交締めにするという行動を取ることになるのでした。 手練れのモノの女性は魔法のように 男を落す秘訣を熟知しているのでございます。 女は男を思い上がらせる天才なのだ、ということを このシュワちゃんの隠し子騒動で認識を新にさせられております。 普通、女性がコンドームなどいらない、と言う時は その危険なワナを察知する警戒心が目を醒ますものでございますが、 シュワちゃんは何ゆえに彼女が妊娠すれば 全てを失なうことになる危険を犯したのでありましょうか。 彼女の「絶対迷惑をかけないから、あなたの子供を産みたい!!」 の誘惑に負けて中出しをしたのでしょうか。 自らが行なう行為のリスクヘッジが出来ない男が アメリカ最大州のカリフォルニアの知事であったことを、 アメリカ国民はどのように受け止めているのでありましょうか。 税金ドロボーは、万国共通の政治家の本性でありましょうか。 プレイボーイにとって女性との付き合いで 心すべき重要なことが二つある、と言われています。 「女性を離さないでいるべきとき、と別れるべきときの 方法とタイミングを知っておくこと」でございます。 世の中には男は女性に尽くす以外に何の目的も無く生きている、 と思い込んでいる女性がいます。 彼女たちはそうした男たちをセックスで絡め取り、 ラクな人生を送りたい、と考えているのでございます。 シュワちゃんの顛末が教えるものはたいていの女性や家政婦は 男が自分にとってどんなプラスになる男であるかを抜け目なく観察し、 油断を見せれば性的な関係を自らのペースで進めてくるものである、 ということです。 今この日本に求められているもの、 はシュワちゃんが腹ませた家政婦のような「母」なる存在です。 人間の正体は金や権力や地位には目が無く、 どんな手段を使ってもそれを手にとろうとするアクドイものです。 冷静に人間を観察すれば、 とても同じ人間として生きていくことが恐ろしくなるほどに 欲望に駆られて「悪の限り」をつくしております。 人間の何もかもが信じられず、 生きることに希望をみいだすことができません。 しかしそうした人間を絶望から救い、生きる力を与えるのは 「母」の「無償の愛」です。 母の我が子に対する愛は、決して見返りを求めることなく、 必要とされれば自分の命を投げ出しても惜しまない「偉大」なものです。 裏切りと争いの人間社会を「信頼の絆」として結びつけているのは この「母の愛」です。 母は裏切らず、代価も求めず、ひたすら犠牲となって生きる姿に 「人間は信じられる」との倫理と哲学が生まれたのでございます。 子供の命とビル・ゲイツを凌ぐほどの金銀財宝をテンビンにかけられて、 ビル・ゲイツを選ぶ母はおりましょうか。 全世界の富と比較しても我が子の命が大事なのでございます。 未曾有の大災害が東北を襲い、多くの避難された方々がおります。 こうした人々にとっての救いは「母のごとき無償の愛」が 日本全国、世界各地から寄せられたことでした。 あなたが苦しんでいるとき、決して見捨てて一人ぼっちにはしない、 必ず助けに来て、あなたを守ってあげる、 そうした社会がこの日本、世界にあったことを知ったことは、 被災者の皆さまにとってのどれほど安らぎとなったことでしょう。 何かあったら必ず助けに来る、そうした社会や国や世界があってこそ、 人間は「優しさ」や「思いやり」といった 最も優れた「人間の品格」を涵養できるのでございます。 災害や病気や事故で苦しんでいる人にとって 優しくいたわってくれる社会は「母」そのものであり、 そうした体験や記憶の中から国を愛する心が生まれるのでございます。 このたびの大災害での救いは、 被災者に「母なる優しさ、無償の愛」に満ちたこの日本という国の 大地に包まれて生きている、ことを実感できたことでした。 混沌としてともすれば心の寄り所を見失いがちなこうした時代に、 人々が回帰すべきは「母の心」でございます。 「母の心」にもう一度立ち帰って、 あの世で母と再会した時、恥しくない人生であった、 と報告ができるように日々を生き直さなければならないのです。 かつてナポレオンは「フランスで最も必要なものは何か」とたずねられて、 即座に「母親たちだ」と答えたといいます。 それは「生めよ、殖えよ、地に満てよ」の 創世記によって語られたものではなく、 戦乱の中で傷ついた人の心が「人間らしさ」を取り戻すためには 「母の心」すなわち「犠牲を厭わない奉仕の精神」が 最も社会にとって必要である、と説いたのです。 先に奄美大島の「ビックダディ」のことを記しましたが、 記憶をひも解けば人類の歴史には驚くべき数の子供を産んだ 「超人」的母親の記録があります。 ベルナルド夫人は56歳でこの世を去るまでに、 69人の子供を産んだ、とされています。 ベルナルド夫人はオーストラリアの国境近くに住むドイツ婦人で 四ツ児を四回、三ツ児を七回、双児を十六回も産み、 単生児を産んだことは一回もありませんでした。 夫のベルナルド氏は妻の死後、二度目の妻を迎えましたが、 この妻との間でも18人の子供をもうけたので、 子供の総数は先妻の子供と合わせて87人になりました。 そのうち67人の子供がベルナルド氏と同じ家屋の下で生活をした、 といわれています。まさに天下の一の偉観でありました。 記録に残る世界の大家族を率いた男はドイツ人の ルーカス(1912〜79)です。 ルーカスは1091名の子孫を残して67歳でこの世を去りました。 内訳は子供5人、孫87人、曾孫446人、玄孫553人の 合計1091名です。 コンドームの提唱者として知られる産児制限論者 サンガー女史(1883〜1966)が ジュークス一家というアメリカでも有数の子沢山の 子孫を追跡しその結果を発表しています。 それによると追跡できたジュークス一家1200名の子孫のうち 大半は酒や麻薬の中毒で身を崩し社会の落伍者となったことが分かりました。 ほか乞食130名、売春婦50名、泥棒60名、 重罪人130名、殺人犯7名を数えています。 この一家のためにアメリカ政府が費やした金は莫大なもので、 それだけの金があれば大学や図書館が幾つも建てることができた、 と欲望のままにコンドームを着けることなく SEXを行なう危険性を指摘しています。 マダム・ド・マルドミュールは フランスの寒村マルデミュールのピィエルの妻で 結婚一年目に一人の子供を産みました。 二年目に双生児、四年目に四ツ児、五年目に五ツ児、六年目に六ツ児と 六年間に合計21人の子供を産みました。 まさしく女性は偉大なり、を絵に描いたようなマダムでしたが 最後となった六回目の六ツ児を産んだときの産後の肥立ちが悪く、 その後まもなく世を去りました。 これまで取り上げてきた「母」以外に 世界には多くの子供を産んだ「母の奇跡」が残されています。 「アメリカ医学協会雑誌」によると ボーア人のV・ヴァレントの報告によれば、 ある夫人は11回の妊娠で32人の子供をもうけたが、 夫人自身もまた四ツ児の一人であり、夫も双生児でありました。 ホルバン・ベルガーの報告によると、 ある婦人は25年の結婚生活の間に30回妊娠し、 36人の子供をもうけ、うち20人が丈夫に育って成人しました。 そのうち双生児四回、三ツ児一回、 そして母親もまた双生児の一人だったことが明きらかになっています。 バルダッハは27回の出産で49人の子供を産み、 そのうち双生児六回、三ツ児七回、四ツ児は四回でした。 ケーステルは44人の子の生母について報告していますが、 この婦人は第一回の結婚生活20年間に30人、 第2回の結婚生活三年間に14人 (三ツ児、五ツ児、六ツ児一回)をもうけたといわれています。 ゲイスラーはマリイ博士の妊娠の誕生記録を報じていますが、 彼女は33年間に44人(双生児13回、三ツ児6回)の 子供をもうけました。 彼女は戦場で従軍看護婦として活躍するかたわら、 医学博士の学位も取った何事にも「頑張り屋」さんでした。 またマリイ博士の妹は26人、 もう一人の妹も41人の子供をもうけたとの記録があります。 子供を多く産む女性に見られる傾向は多産系である、ということです。 あるブラジル婦人は44年間の間に44人を産み、 その一人の娘は19人、もう一人の娘は18人の子供を産みました。 さらにあるイタリアの書物によると、33回の妊娠で53人の子供をもうけ、 ある40歳の婦人は42人の子供を産んだことが報じられています。 余談ですが中国には孔子(前551〜前478)の 直系子孫が四万名ほど生存しています。 円地文子はその著「黒い紫陽花」の中で 「今の私は普通の人間は愚か性格破産者でも、低能児でも、 この世に生まれ出た生命のすべてに敬々しい愛情を感じないではいられない。 母とはそういう愚かさの代名詞ではないだろうか」 と太陽の光のごとき偉大なる母の慈しみの心を述べています。 偉くなれなんて云わない母の愛情が、僕をどうも偉くしそうなんです。 岡本かの子「母子叙情」 子供は母親をよく観察しています。 多くを語らなくても母の幸せや悲しみを子供は敏感に感じ取っています。 そしていつか母を幸福にして上げたい、と願い奮闘努力して学問を極め、 社会に出て立身出世を果たすのです。 それもこれも大好きな母の恩に報いるためです。 かくして岡本太郎が生まれたのでした。 がしかし「子が想う心にまさる親心」と言います。 どんな親孝行の子供の気持ちより、 母親の子を思う愛情は深く大きいのです。 「楢山節考」で深沢七郎はそんな母の心を 「しおりしおりていくしばは、我れを見すてて帰る子の為」と詠んでいます。 山にある信州の村では70になると老人は「楢山まいり」と称して、 山の奥にあるウバ捨て山に子供に背負われて行く掟になっていました。 そうすることで口ベラシをし村を飢えから救おうとする風習でした。 辛くても悲しくてもそれが村の掟である以上、 守らなければなりませんでした。 孝行息子の辰平は年明けも近い冬の夜、 掟の通り70歳になった年老いた母を背負って山奥へと向かいます。 道すがら背負った母が何やら杉や松の枝を ポキン、ポキンと手折りする様子です。 辰平は母親に問いかけます。 「おっかあ、なんで枝を折っているんだ」 母親は「おめえは子供の頃から方向オンチだべ、 帰りの道はおっかあが折った木の枝の通りに戻れば、村に帰れるからな、 いいか、道に迷わずにシッカリと家に帰るんだぞ」 滂沱と流れ出てほとばしる涙で顔をクシャクシャにする辰平、 カンヌ国際映画祭、パルムドール賞を受賞した 今村昌平畢生の名場面でございます。 母の愛 〜 それは何の華やかさもない、烈しさもない、 質素な野暮な平凡なものである。 が、それは永久に我々を裏切らない温かさと滋味とを持っている 菊池寛「友と友との間」 国民が政治家に求めている最大のものは豪腕でもなければ知恵知略、 斬新なアイデアによる政策運営ではありません。 苦しみ悲しんでいる人を優しく温く包む母のごとき慈悲の心です。 戦後の繁栄をもたらしたのは 偉大な政治家や有能な官僚がいたからではありません。 我が国の戦後のどのページをめくってみてもそうした政と官の 透逸な者たちによる国家運営の足跡を見ることができません。 そこにあったのは55年体制以降の政と官の癒着による 金と権力のムサボリ合いでした。 今日の日本があるのは一重に国民が偉かったからです。 頑張り屋さんで努力家で、 失敗を怖れぬ先進の気鋭に富んでいた国民がいたがために、 国の繁栄が成り立ったのでした。 政治家や官僚など「しゃらくせえ」話でございます。 民草が菅首相が、政府が、官僚がと、心頼みにしていることなど 何ほどもないのでございます。とっくの昔にアキレ果てております。 「自らを助けるものは」と自助努力で這い上がり、 逆境から立ち上がろうとしています。 邪魔するな、舐めるな政官のウジ虫どもめ、でございます。 今こそ戦後の焼け野原から立ち上がった ご先祖様のDNAに激を飛ばす時でございます。 母性愛はしばしその犠牲のうちに称えられている。 佐多稲子「新しい母」 佐多はいつの時代でも愛する我が子を戦場で失くした母親の悲しみの上に 歴史が作られてきた、と嘆いているのです。 母親の愛は盲目的だと言われる。 しかし母親以外に誰が人間が人間を愛し得よう。 野間宏「顔の中の赤い目」 吉展ちゃん事件の犯人、死刑囚大久保清の母親は 「先に地獄でお前の来るのを待っている」と先立ちました。 母はたとえ地獄に落ちても我が子をかき抱き、守るのでありました。 あなたはおかあ様にとってたったひとりの人です。 あなただけおかあ様のものです。 そしておかあ様だけがあなたのものです。 山本有三「女の一生」 女主人公、まさ子は周囲の反対を押し切って 私生児として我が子を産みました。 その産まれたての赤ん坊にまさ子は語りかけるのでした。 しかしまさ子の産んだまさおは成人して母親に言葉を返します。 「母性愛なんて言いますが、自分の子どものことしか考えないようなものは、 動物と変わることないじゃありませんか」 ナマジ学問を覚えて小ざかしい考えを身につけると こうした罰当たりのことを平気で言うようになるのです。 自分の子供のことを命がけで愛することのできない母親が、 どうして他人の子供を愛することができるというのでしょうか。 母の思いは世にはならびなし 「夜の寝覚」平安時代後期三巻 母の心を表現してこの言葉以上の的をえた言葉を知りません。 社会が母であるがごとく 優しくまた強い存在であるのが理想的な社会といえるのですが、 そうした慈悲の愛に最も遠いと思われていた共産国家中国が、 このたびの中東紛争におけるリビアから 中国人労働者3万人を撤退させるためにとった行動は、 中国人民をしてまさしく我が母なる祖国、 中華人民共和国バンザイと感涙させる見事なものでした。 2月18日夜、 リビア東部の中国系建設工事現場が反政府軍ゲリラに銃撃され、 中国人スタッフが負傷しました。 当時中国にはリビアの鉄道、通信、油田サービス等 国家建設プロジェクトの仕事を請け負い 約3万人の労働者が駐在していたのです。 リビアの政情不安をうけて中国政府は敏速に動きました。 リビア政府に対して中国人労働者の保護措置を厳しく要求しました。 そして中国本土から約20機の民間航空機をチャーターして リビアに向かわせました。 一方地中海周辺海域で操業していた中遠集団輸送船及び工作漁船を 直ちにリビアへと派遣したのです。 また中央軍事委員会の承認を経て、中国空軍は イリューシン76輸送機を派遣し20機の中国民間航空機とともに クレタ島、チュニジア、マルタ、エジプトへの同胞救出を 側面からサポートしたのです。 中国政府はまたたく間にリビアから一人の落伍者も無く 3万人の中国人労働者を救出することに成功しました。 3月4日、リビアから帰国した中国人労働者が、 飛行機から降りてひざまずき「我が偉大なる祖国よ、ありがとう」 と大地に口唇をつけて接吻するシーンの写真を、 翌日の中国新聞各紙は大々的に一面を使って報道しました。 これにより中国全土の人民は湧き立ち、 政府の適格なサポート下での迅速かつ効率的で かつてないほどの大規模な救出作戦に賞賛の声を上げました。 中国ではアフリカの多くの国に数十万人の中国人労働者を送りつけて アフリカの開発の仕事に従事させています。 リビアでの中国政府による果敢な撤退作戦は、 アフリカの地で働く中国人民へ大いなる勇気と安心をもたらしました。 リビアで示した中国の危機管理能力の高さに 我が国政府関係者も学ぶべきところが少なくありません。 ついでに中国のことをもう少々。 全国人民代表大会に出席した中国人民大学の紀宝成学長は、 世界銀行の試算を引用して、中国2009年のジニ係数 (イタリアの係数学者コンラッド・ジニによって考案された 所得分配の不平等さを計る指標です。 1に近いほど格差が大きく0に近いほど格差が小さい 完全な平等の所得が実現しているとされます) は0.47であると述べました。 国際的な貧富の格差の警戒ラインは0.4といわれています。 紀氏によると中国富裕家庭と貧困家庭の収入の差は40倍近くあり、 近年毎年1.5%の速度で拡大し続けているといわれています。 これは約1%という少数の富裕家庭が 国民財産の40%を握っていることを示しています。 中国のホテルでテレビをつけると 毎晩のように日本軍による中国侵略のドラマが放映されています。 ときには3つのチャンネルが別々に 日本兵の中国人に対する悪虐非道の振る舞いのドラマを放送していて 慨嘆させられたことがあります。 その中国でのテレビドラマの製作は現在世界一である、 と中国共産党宣伝部の担当者は述べています。 また世界一ついでに申し上げれば 2010年の中国における新規建築プロジェクトに対する投資金額は 総額で1兆ドルを突破し米国の9380億ドルを抜いて 世界一に躍り出た、とされています。 中国における建設費やコストを考えると実質的には 既にアメリカの5倍近い建設投資が行なわれている、といっていいものです。 米国貿易代表部が先頃発表したところによれば、 中国屈指のポータルサイトである百度(バイドゥ)や淘宝(タオバオ)が 著作権侵害のブラックリスト入りしたと伝えられております。 孫正義さまが大株主の淘宝がブラックリスト入りとは 「他人さまの憂しき誤解のうちに仕事をする」が身上の氏にとっては、 まことにもっての慶事となすべきでありましょう。

◆上原美優の死の真相‥‥。2011.5.15
報道されたように内田裕也が「逮捕」されている。
女房の樹木希林は会見に応じて「こういう事件が起きるのが遅かったなあ、今回サラシテいただいてありがたい」と話している。
長年亭主の行状に迷惑をかけられ続けてきた女房の立場では「いつかこの罰当たりを神様は成敗して下さるに違いない」とでも思わなければとてもヤッてられない気分であったろう。
ようやく「天の審判」が下るときを迎えて溜飲を下げスカッとされた樹木希林が吐いた、前述のセリフになんとも肩身の狭い思いをする。
歌手や芸能人を「目指す男」の本心はただ一つ、有名になって好きな女とオ〇ンコをシコタマやりまくりたい、である。
俳優の演劇論やロックの反体制の歌詞などはアクセサリーだ。
そんなものは女性をタグリ寄せる「コマセ」だ。
「ああ、ステキ」と言われたい一心での「カッコつけしい」なのだ。
内田裕也さまのこれまでの人生は、まさしく「ロック野郎」にふさわしい「ロープライフ」いわゆる「ヒモ人生」そのものでした。
麻薬と酒に溺れてヘタな歌をガナリ立てることしか能の無い「社会不適格者」のロック野郎には、悲しいかな女の陰唇にぶら下がるしか生きる手ダテはないのでした。
古くは島田陽子との関係がそうであった。
陽子は可愛そうに裕也の「ロック魂」にたかられて、スッテンテンになるまで貢がされたのである。
そして金の切れ目が縁の切れ目となり、女優人生も私生活も転落の一途をたどり、かつて「国際派女優」といわれたほど「有名美人女優」のナレの果てが最近のMUTEKIでの「いかがわしいビデオ出演」となった。
いかがわしいとは「スケベ」とは同義語ではない。
「スケベ」とは似ても似つかない、ただひたすら生活費欲しさ由に演じた「マグロビデオ」の作品の内容のことである。
「いかがわしい」と言っているのは「スケベ」とは真逆の作品であるということだ。
「いかがわしい」とは「本物ではない」という意味なのだ。
女優という立場であればその作品が売れる売れないは誰よりも自分の人気、実力の「鼎の軽重」が問われる大事である。
脱いだ以上は誰にも負けない「濡れ場」を演じてこそ女優としての面目が立つ、というものだ。
しかしMUTEKIのビデオ出演で島田陽子は「金のためには何でもやるが、金さえフトコロに入れれば売れようが売れまいが知ったことではない」という、その素性がボッタクリバーのホステスのごとき淫売であることを天下にさらしてしまった。
可哀想にそれもこれもあの「ロック」をエサに「女をタラしこむ」しか金を稼ぐすべの無いスケコマシ屋の内田裕也に全財産を入れ上げて素ッ裸になったせいである。
「ロッカーの本性はロクでなしのヒモ」の卑劣漢であることを、真実を天下に知らしめたことが今回の事件の意義であったのだ。
内田裕也にはシャバに出た暁には是非AV業界へ参入し男優デビューを飾ってもらいたい。
内田裕也は71歳である。
ただ今のAV業界は「義父が嫁を犯す」シリーズが大好評を博している。
「おとうさま、お願い許して、中には出さないで」と昼間、息子の嫁に背後から襲いかかってかくのごときセリフを言わしめる義父というシチュエーションが人気なのだ。
「おとうさま、いや、中に出さないで!」と哀願する嫁に「この世の置き土産に、 わたしの最後の子供を息子の嫁のあんたに産んでもらいたいんだよ」と平然と言って中出しを強行する義父、そんな役所が「暴力常習男」の内田裕也はピッタリである。
いまは71歳だが人生80年の今日にあってはまだまだ一線での働き盛りの年頃でだ。
是非「おとうさまお願い、中には出さないで」を言わせたら日本一の座を目指して「自立」の第一歩をポルノビデオで果たしてもらいたい。
そう遠くない日に同じく裸一貫で出直しをはかっている島田陽子と共演し「ヒモ男の真髄テクニック」とやらを開陣することを願いたいものである。

いつかは来ることと覚悟しながら、いざ実際に現実にそれが起きてみると、どう受け止めていいか分からなくなって頭の中が真ッ白になる、という出来事に遭遇している。
浅田真央の「恋愛報道」のことである。
この眼で実際にその現場を見たわけではないが真央が若僧と手をつないで名古屋の街をラブラブに歩いていた、との報道がされているのだ。
遂に「桜散る」ときが訪れた。
これも生者必滅会者定離の世のことわりのまぬがれないことと知っている。
それにしても相手の若僧に真央の恋人たる資格があるかどうか「心配」である。
かねてから真央さまは「恋をすることで演技が変わってくる」「表現者にとって恋愛は必要だ」と恋愛することの必要性が説かれておりました。
安藤美姫さまのようにロシア人コーチと熱愛して日夜ハメまくり体のラインをより女らしく削ぎ落としなさいというワケです。
そうすることでSEXで白目をムクような絶頂を覚え妖艶な演技での表現力に反映されて深まる、というものです。
しかし美姫さまの場合はお相手のロシア人コーチは過去3回の離婚の経験を持ち、尚かつそれらの相手の女性は全てコーチをした相手のスケート選手であった、という「趣味を実益とした」手だれの者、でございます。
女性を溺れさせることを趣味とした男のSEXはただならぬものではないことは、容易に想像できるのでございます。
その証拠に足上げポーズをした時の美姫さまの股間にクッキリと小陰唇が大きく肥大した跡の膨らみを見るのは、手前どもだけでございましょうか。
そうした小陰唇が肥大するほどに激しい出し入れと突きがあってこそ、あの美姫さまのウエストからヒップ、そして太股への悩ましいラインが誕生したのでございます。
それに比べて、でございます。
真央さまの相手の若僧は見るからに心もとないのでございます。
つい先日まではひたすら自分のスティックを握りしめて一夜の夢にハジケていたであろう、青二才でございます。
経験が明きらかに不足しております。
真央さまを導きイカせるどころか、その前に自分の方が勝手にイッてしまう早漏チンポとしか考えられないのでございます。
相手の若僧はこれまでスケートだけの未熟な人生を歩んできたのでございますから、「いたしかたない」といえばそれまででございますが、どうにもそんな青い若僧が相手ではこのたびの恋愛が真央さまにとってのプラスに働くとは思えないのでございます。
若僧は本当に真央さまを「白目をムクような絶頂」の世界に導き、体を空に舞わせることができるのでしょうか。
湯気が出るほど舐めまくり腰が天井に着くほどに舞い上がる気分にさせられるか、と問うているのでございます。
若僧は真央さまの魅力をより輝かせることができないままにただ喰いチラカシたあげく「やっぱり僕には演技生活しかない」と勝手なセリフをホざいてトンズラをきめこむような気がしてならないのでございます。
ヤリ逃げ、でございます。
だいいち、若僧は真央さまの「センタク板」のような胸を大きく膨らませることの秘技をどのように体得しているというのでありましょうか。
自らの義務を遂行するなにものも持ち合せていないのにも関わらず、「AVで見て大好きになったパイズリができないペチャパイなんて、ヤッパリ我慢できない」と真央さまをイジめにかかり自己の正当化を計るのでは、と心配の種がつきないのでございます。
アスリート同士の若者のことでございます。
これまでお付き合いをして一晩に十回近くはイタス夜もあったでしょうか、ムチャクチャでございます。
手前どもでさえ真央さまをオカズにしてイキまくったのは最高でも三回でございます。
体力の限界からではございません。
それ以上イタしてしまえば、なにか真央さまが汚れるような気がしてイタスことができなかったのでございます。
それほどまでに神々しかった真央さまを、でございます。
若僧は恐れを知らず一夜に10回近くイタしていたとは、トンデモナイ野郎でございます。
ああ、とにもかくにもでございます。
こうなったら真央には次から次へと恋愛をしていただいて「女」を磨いていただくしかありません。
そして破れかぶれになって遂に手前どもに連絡を・・・といった運命のめぐり会いに期待するしかありません。
世界の最高峰の演技を争うアスリートにとって「恋愛」が「コヤシ」になるというのは「嘘」でございます。
「恋愛」する、ということは相手に心を奪われることでございます。
心からも体からも集中力を恋愛は奪ってしまいます。
一分一秒もオロソカにできずに鍛錬を積み重ねなければならない身にとって現役の間は恋愛はご法度というのは、
一流アスリート世界の常識でございます。
何故なら恋愛そのものが人生の苦行の一つであるからです。
相手の若僧はそれなりの人気者でございます。
野郎があれもこれも欲しい、と手を出す姿を目撃して真央さまの心が千々に乱れて、といった事態を招くのを危惧するのでございます。
ラサール石井さまが自身の「ブログ」で「早く彼氏を作るべき、エッチしなきゃミキティやキムヨナに勝てないよ」と書きヒンシュクを買いましたが、それこそ本当に大きなお世話でございました。
真央さまに求められているのは「彼氏」ではありません。
真央さまに期待されるのは、SEXの絶頂を知った女の表現力、とSEXで鍛えられた胸をはじめとする、女らしさが一段と増したボディ、の形成でございます。
「恋」だ「愛」だとわずらわしい感情に引きずられることなくそうした「期待され必要なもの」をコーチできる男が「東」に居ることを無視したままに、名古屋で真央さまが余分な心のザワメキしかもたらさない青二才の若僧との恋愛関係に陥ったことはかえすがえすも残念でございます。
なにも淫欲だけから申し上げているのではございません。
韓国にもロシアにもいない、その道を教える有資格者のコーチが我が国に存在しているのにも関わらず、全く本人に連絡が来ないことに腹立たしい思いをして残念でならないと申し上げているのでございます。

石原プロが分裂しております。 分裂の引き金を引いたのは、噂によれば小林専務の女として名高い 例のテレビ朝日の女プロデューサーという話でございます。 これまでこの女プロデューサー、 虎の威を借りるキツネとなって小林専務の女であるという立場をカサにきて、 石原プロの経営のことごとくに口を出しては 関係者の間ではヒンシュクをかってきた人物でございます。 この女ギツネの出しゃばりもさることながら、自分の女の尻の下に敷かれて ニヤけていた小林専務にこそ問題がございました。 この小林専務、これまで巷間では「小政」と呼ばれて 「ヤリ手」との評判でございましたが、その実像はどこの会社にでもいる 単なる大将の小判鮫に過ぎない男でございました。 元はといえばこの小政、 伊豆にある日活のゴルフ場で仕事をしていた男でございます。 生来の身の程知らずがアダとなって客との間で災いを起こして首になり、 妻子を抱えて路頭に迷っていたところを石原プロの初代社長である 樋泉優氏に拾われたのでございます。 樋泉氏の没後、 この小政が石原プロの実権を握って今日に至っている訳でございますが、 この男の石原プロにおける「実績」などは何程のモノでもございません。 ただ石原プロの実力派専務であるというマヤカシの中で 私腹を肥やしてきただけでございます。 お陰で今日では自ら何軒もの飲食店を経営するまでに 金を貯め込むことに成功しているのでございますが、 肝心のプロダクション経営の方はサッパリでございます。 元々エンターティメントの分野においては 何の才覚を持ち合せていない図々しいだけがトリエの男でございます。 スポンサーにたかって金を引き出すのがウマく、 これまで「石原裕次郎何回忌」を大々的にやっては稼いで 収益を上げてきたのでございます。 しかし所詮「センコウで喰うだけの男」でございますれば、 石原プロとして本業であるべき映画製作や次代を担うタレントの 発掘と育成に情熱を注ぐことはありませんでした。 自分の身を大事に、裕次郎が亡くなったとき 残されていたとされる「50億」の石原プロの資産を ひらすら喰い潰すことに明け暮れてきたのでございます。 そして贅沢三昧の因果応報が身に及び 重度の糖尿病患者となり果てている始末でございます。 このたびの内紛で石原プロの行方は如何なるものとなるでしょうか。 白アリに喰い潰されて無残に倒壊する巨木、 そんなナレの果てとなるでありましょう。 故石原裕次郎の顔に泥を塗った結末を迎えたのも、 もとはといえばこれまで見て見ないフリをしてきた 石原まき子会長のこれまた御身大事の自業自得のことでございます。 「地獄がなんだ、滅びるのが」と故裕次郎が歌い上げました。 石原プロはまさしく今、 これ以上の生き恥をかくことのない滅びのときを迎えたのでございます。 上原美優さまがお亡くなりになられました。 自ら命を絶たれた自殺でございます。 24歳という、まだいくらでも夢と希望もあるお年頃でございましたのに、 残念でございます。 彼女を死に追いやった真相とはどのようなモノであったでしょうか。 ことの真雁はさだかではございませんが 事情通が噂するところの「真相」とは次のようなものでございます。 美優さまが所属していたプロダクション「プラチナム」は 業界では知る人ぞ知る有名な悪徳プロダクションでございます。 経営者は先の海老さまへの傷害事件で名をハセた 「なんとか連合」出身の元暴走族でございます。 このプロダクションのヤリ口、悪どさは ワルの集まる芸能界でも際立っております。 所属するタレントはほとんどが若い女性でございますが、 その支払われるギャラは「雀の涙」ほど、でございます。 3年前、美優さまが貧乏タレントとしてブレイクした折、 インタビューに答えてタレントになったのは貧しい両親に 家を建ててプレゼントしたいから、と話されておりました。 それから3年余り10本ものレギュラーを抱える人気者になった現在も その夢の実現をみておりません。 家を建てるどころか大好きな両親への仕送りも ままならない状態でございました。 何故でしょうか、悪徳プロダクションの搾取のせいでございます。 そうした酷い搾取にあって芸能界で働くことにイヤケをさして 辞めようとしても絶対に引退させてくれないのでした。 デビュー以前に交わしたプロダクションに都合が良い契約書を片手に 約束の履行を迫り、いまお前にここで引退されたら、 これまでお前に投資した金が全て無駄になる、 どうしても引退したければその金を弁償しろ、と脅すのでございます。 またお前が勝手に引退して実家に逃げ帰っても後を追いかけて行って お前どころか、お前の家族も皆メチャクチャにしてやる、 と容赦しないのでございます。 そうした厳しい追い込みをされては、まだ若い娘でございます。 騙された私が悪いのだ、と両親や親戚に迷惑がかかることを恐れて 泣く泣く薄給で働き続けるのでございました。 そうした苛烈な境遇に耐え切れず、 昨年の暮れ同事務所の所属タレントだった女の娘が ビルから飛び降り自殺をして死んでおります。 こうした悪行はプラチナムにとどまりません。 同じく系列の「なんとか連合」の出身者がトップを務める AV専門のプロダクション「T」にあっては その悪行には一層磨きがかかってございます。 過日、あるAVの撮影現場にキャスティングされた 「T」所属のAV女優さまが現われました。 女優さまは現場に到着なされても放心状態となって ヤル気をいっこうに見せませんでした。 どうしたのか、といぶかしがってワケを聞くと、 女優さまは涙ながらに次のような告白をなされたのでございます。 「私のAV出演の契約金は600万円なの。 初めは600万円なら自分が大好きなファッション関係のお店が持てる、 と思い思い切ってAVに出演することに決めたの。 でも、五本、六本とお仕事をしても、 最初に貰った600万円以外のお金が貰えなかったの。 どうして?ってマネージャーに聞いたら、お前の契約金の600万円は 前に払ったから、それ以上はもう払えない、という話だった・・・。 そんなのズルイと思って AVに出演したら600万円という約束だったんだから、 約束通り出演した本数分のお金を払って、って言ったら マネージャーが契約書を持ち出してきたわ。 そこには小さくAVの50本分の出演料として、と書かれてあったの。 ああ、騙されたんだってそのとき気づいたわ。 でもよく細かいところまで確認しないでサインをした私が馬鹿だったんだ、 仕方がないってあきらめたわ。 でもこうしてAVに出て一本12万円しかもらえなくって、 あと何本やれば契約が終わるんだろう、と思うと 現場の監督さんやスタッフの皆さんには ご迷惑をおかけして申し訳ないんですけど、 いたたまれない気持になって涙が流れてきて泣いてしまうの。ご免なさい。」 と泣き崩れるのでございました。 なんとも同じ人間とは思えない酷い仕打ちをする 「無頼漢ども」でございます。 そうした脅しを受けて恐怖のあまりに逃走し 行方をくらます女の娘たちも後をたたないのでございますが、 彼等はケイタイのGPSで居場所を捜し出し、 その場所が北海道であろうが沖縄であろうが おかまいなしに追いかけて行っては「拉致」して連れ戻すのでございます。 こうした卑劣な輩の殺し文句は 「地の果てでもお前を追いかけていって、 お前も家族も皆メチャクチャにしてやる」でございます。 先頃の海老さまへの傷害事件なども、 奴等の格好のアピール材料となっているのでございます。 「T」は全国に200名のスカウトマンを配置している、 と豪語しているのでございますが、 なるほど「T」は美形を揃えているプロダクションとして 有力AVメーカーはこぞって重宝しお付き合いをしております。 AVメーカーにとっては相手がどんな集団であれ関係ありません。 どんな畑で摂れた食材であるか、よりも その食材がいかに美しく美味であるかが問題なのでございます。 AVメーカーはこのところの不況で 厳しい生き残りをかけた闘いを強いられております。 悲しいかなどんなワルな調理人であっても、 美味しい料理を喰べさせてくれるお店であれば お客さまをお連れしてそのお店で接待することを止めないのでございます。 命をおとされた上原美優さまの男も、今や芸能界のみならず AV業界の悪の権化と化した「なんとか連合」の幹部でございます。 先頃海老さまが伊藤リオン受刑者に 殴られた現場に居た海老さまと相対していた張本人でございます。 一部のマスコミ報道で美優さまと死の二時間前まで一緒にいて、 美優さまの首吊り死体を発見した「某飲食店に勤める黒服の恋人」 と称されている男でございます。 この男の正体は某飲食店に勤める黒服の恋人、などではなく 美優さまが所属するプロダクションのトップの男でございます。 そしてバリバリの「なんとか連合」の元幹部でもございます。 かねてから美優さまは働いても働いても喰うだけが精一杯のギャラの その安さに心底疲れて芸能界で活動することに絶望していました。 金と肉体を搾取され続ける女工哀史のような絶望の日々、 もうこんな奴隷のような生活を続けているなら、 先に天国に行ったお母さんのもとへ行きたい、と思いつめていたのでした。 そしてヒトデナシの野郎が監視の目を離したスキに 首を吊ってお母さまのもとに旅立たれたのでございます。 報道では美優さまの手書きの遺書が残されていて、 それが何を書いていたか分からないほどに乱れていた、 とあたかも美優さまが心を病んでいたかのような 状況証拠が伝えられておりますが「ねつ造」でございます。 立ち会っていた男が美優さまの心神喪失として遺書を誤魔化すために 現場を作り上げたのでございます。 全く自らの欲望と金のためには人の命などカエリみることのない 「人殺し」どもでございます。 また奴等は関西や関東のヤクザと知己を結ぶ一方、 警察関係者や弁護士を雇って、 タレントの引き抜き等で抗争する相手の出方次第ではいか様にも対処する、 という悪知恵の持ち主でもございます。 伊藤リオン受刑者がクスリが体から抜けるまでのあいだ逃亡していた折、 マスコミにあることないことを弁護士や影武者を使ってはリークして かく乱したあの手口でございます。 プラチナムはエイベックスと深い関係にあることを スカウトや営業の売り物にしております。 事実エイベックスの幹部は海老さま事件が起きた例の西麻布のビルで プラチナムの「接待」を受け、肉欲に溺れております。 ちなみにあのビルの持主は「なんとか連合」のスポンサーである ホリエモン氏たちと同じITで儲けたヒルズ仲間の男でございます。 CD産業が衰退し、起死回生を計った「レッド・クリフ」では 共同製作の中国側の戦略に負け100億という巨額の損失を出して エイベックスの明日は真ッ暗でございます。 頼みの綱のケイタイ電話対応のテレビ局も、 いま一つ明日の実績が不透明となってございます。 いかに元レコードレンタルショップの店員上がりの身とはいえど 一部上場会社の経営幹部としても夜毎西麻布界隈で ハメをはずしている状況ではとてもない筈でございましょうに、 これまた不逞の輩でございます。 これらのことの真雁はさだかではございませんが、 消息筋によりますと、司法当局の「なんとか連合」摘発のために 秘かに捜査が開始されてた、とのことでございます。 ことの発端となったのはカリスマホストが 「なんとか連合」にさらわれたまま行方不明となって 今日まで死体も上がらない事件、とされております。 いずれこうした「なんとか連合」の悪業の全容がアバかれて 罪人たちは塀の向こうに落ちることとなり 自死なされた上原美優さまの復讐が果たされる日が来るでありましょう。 そのときまで、いまはただ 上原美優さまのご冥福をお祈り申し上げるのみでございます。 このところ犯人は「卸し業者」であることが明白となりつつあって、 下火となった観がございますが、 四名の被害死者を出した焼き肉屋チェーンの「詫びの入れ方」は 企業の危機時における経営者の取るべき態度として 実に示唆に豊むものでございました。 企業が過失を行なって人命が損なわれる事件が発生した時は、 経営者たる者どんな言い訳があるにせよ、 ひたすら平身低頭して頭を下げるべきでございます。 北海道のサケ泥棒よろしく「俺だけじゃないぞ」 と絶対やっては駄目なのでございます。 出来れば東電の社長さまが取られた行動のごとく、 素早く雲隠れをして事態の推移を見守る、というのが賢明でございます。 一番最悪なのは焼き肉チェーンの若社長のごとく強気の 「俺だけじゃないよ」から一転して「ゴメンナサイ」 と目に涙を浮かべて土下座をすることでございます。 この落差が人びとを興奮させるのでございます。 最初から舐めてかかっていたのか、 逆上されていままで以上の非難のツブテを受けることになるのでございます。 企業の危機管理における一番賢い例は 芸能界を仕切るトップのプロダクションにみられるものでございます。 ジャニーズ、バーニングといった芸能界の両巨頭のトップは 何があっても人前に出てその姿をさらすことはありません。 芸能界ではいいことも悪いことも同じように起きてまいります。 本来は黒子であるべきプロダクションの経営者が 先頭に立って目立ってみても長い目で見ればプラスマイナス「ゼロ」となり、 骨折り損のクタビレ儲けとなることを彼等は承知しているのでございます。 ですからどんな晴れがましいことがあっても 公に人前に出てくることは絶対にいたしません。 所属タレントが不祥事を働いたとしても、 FAX一枚に「遺憾とお詫び」を述べたものを送り届けて、 それで終わりにしております。 ジャニーズなどは時折り管理部長なる者が 記者の会見に応じたりしておりますが、 その管理部長とやらは、どうみたって昨日まで 駐車場の「管理」をしていたごとき風体の人物でございます。 「管理」つながりで「部長」だなんてよく言うよ、 とマスコミは腹の中で思っていても、 「管理部長」の読み上げる「事務所の声明」を受け入れて 一件落着となるのでございます。 何かがあることと想定して、 イザという時には「管理部長」の任を演じる役者を用意しておく、 危機管理の要諦はこのことに尽きるのでございます。 出るクイは打たれる、は世の習いでございます。 このたび獄に下ることになったホリエモン氏も、 このコトワザ通り、美人秘書を前面に出して 自らのパフォーマンスを自重していたならば、 このたびのような前科者とはならなかったのでございます。 マスコミを利用し、ある時は実力以上に自分を持ち上げるマスコミ力に たくみに相乗りして株を上げて大金を手にしていながら、 ことが起きて不利な立場に追い込まれると 「マスコミはデッチ上げをする」と叫弾するは お門違いな話でございました。 そもそもデッチ上げによって その人気を獲得してヒルズ族の仲間入りをしてきた自分自身に、 マスコミのデッチ上げを難詰する資格など無いのでございます。 「語りに落ちた」ホリエモン氏にとって刑務所での懲役暮らしは 箸休めの二年間、となりますが、考えてみれば氏の受刑者となった境遇の 「ピンチ」は「チャンス」でございます。 これまで東大中退以外にこれといって 人をうならせる経歴に欠けていたホリエモン氏でございますが、 前科一犯の刑務所暮しの経験は、これからの人生にあって 間違いなく氏の伝説を築くための一里塚となりましょう。 ホリエモン氏に限らず我が国に起きている状況もまた 「ピンチ」は「チャンス」となるべきものでございます。 10年後の日本を世界が見れば、 二度目の原爆の跡地とみまかうべき廃墟から、 よくぞここまで近未来都市を築いたものと、 世界からの賞賛を受ける我が国の姿が目に浮かぶのでございます。 世界のどの国にあっても、 日本ほどに見事な復興を成し得なかっただろう、 とその英知と努力を人類の誇りとして顕彰されている日本が ハッキリと見えるのでございます。 メルトダウンもどきであった、とか大量の汚染水の処理の問題があるにせよ、 大かたの福島原発での危機は脱したのでございます。 多くの日本人はこれまで動物の生存本能の直感を働かして テレビ等の福島原発に関する報道を見守ってきました。 アメリカはいち早く80キロ圏外への脱出を「勧告」しましたが、 制御棒が無事挿入されたことでチェルノブイリのような大事故に 発展する恐れが無いことを大多数の日本人は分かっていましたから、 パニックになることはありませんでした。 生きるも死ぬもこの我が祖国の大地しかない、 と腹をくくっていたためにより冷静さが保たれていたのでもございます。 何でもアメリカさまが第一の一部の「ポチ」マスコミは、 今日においても不安をあおって騒いでおりますが、 賢明な国民はそうした影響を受けて右往左往することはありません。 また原発は単なるコストの面から 儲けたい一心で電力会社や国が採用してきたものではないことも 国民は承知しています。 CO2の地球温暖化の問題もありましたが、 そしてなによりも、国民の生活にとって最も重要なエネルギーを確保する、 という国の安全、国防上の問題から原子力発電を選択したのでした。 錯覚や分別を失った由に原子力発電の道を歩んできたのではありません。 国民はこぞって騙されるほど馬鹿ではありませんでした。 石油やガスの99%が輸入に頼っているという 自国を取り巻く条件と環境を勘案して、 科学的かつ総合的に判断した結果でした。 間違い、読み違い、があったのはマグニチュード9.1の 大地震によって起きる大津波を予知しえないことでした。 このことについての責任は一重に東電にあるのではなく、 国、そしてその原子力エネルギーを享受して 豊かな生活を送ってきた国民一人、一人にあるのでございます。 この30年間、電気料金が下がり続けて 国民と産業に恩恵をもたらしてきたのは 全て原子力発電のおかげでございます。 原子力発電所は誰もが予想しえなかったあれほどの大津波にあっても 活動を停止してチェルノブイリのような大参事になることを防ぎました。 よってここから先は人知の及ぶ限りに努力をして 原子力のエネルギーの安全を引き戻すことでございます。 ひたすら原子力を悪者にするがごとき恩知らずな論説は もっての外でございます。 タレントのちあき氏によれば、東電で共働きをしていた夫婦は 「私達は2000円以下のクツ下ははかないの」 と嘘ぶいていたそうでございます。 結構な料簡でございます。 東電の社員の皆さまにはいずれまた 「2000円のクツ下」の時代が訪れることを機して、 身命を賭してご健闘をいただきたいのでございます。 自分たちに豪奢な生活を届けてくれた、 原子力エネルギーの恩に報いるためにも 原子力エネルギーを世の中の「厄介者」にしてはいけません。 行け東電社員諸君、福島原発の現地へ、 行って先兵となり「2000円以上のクツ下をはく生活」を死守せよ!! ◆ 福島の原発はヨダレの出るような観光資源でございます。 2011.5.6 日本中が避難だ、放射能だ、と騒いでいるさ中、 民主党の石井一議員さまが 滞在中のフィリピンでゴルフをして楽しまれていたこと、 が報道されています。 石井一議員さまは、民主党の重鎮であり、 党の東日本大震災対策本部の 副部長を務められておられる方でございます。 その立場にあるお方が、フィリピン友好議員連盟の会長として 3日〜6日までフィリピンを訪ねていたとき 「お遊び」をなされたわけでございます。 早速マスコミや野党は問題視する構えをみせておりますが、 「何をいまさら」でございます。 目クソ、鼻クソを笑うような茶番劇に辟易しております。 国民は国会議員なる政治屋の「正体」は所詮そんなものと、 スッカリお見通しでございます。 政治家などロクデナシのなる職業である、 と国民はとっくの昔に政治家を見放しております。 政治家の存在は民主主義のコストであるからデタタメでも仕方がない、 と恥垢扱いをしております。 何も期待せずにおりますので、 せめて国民の努力や頑張りの邪魔立てだけはして欲しくない、 と祈るような気持ちでございますのに 石井一議員さまったらわずらわしい「おバカさん」でございます。 いくらゴルフが好きだからといっても異国の空であったにせよ 何もこんな時期にゴルフなどしなければよいものを、 とその頭のスカタンぶりに飽きれております。 国家存亡の危機にあるとき、 公職にある者が許される「穴入れ」はオ〇ンコだけでございます。 真面目に社会に出てコツコツと働き、地道に謙虚な人間として まっとうな人生歩もうとする人間は政治家にはなりません。 自分をかいかぶり世の中を舐めたヨコシマな人間が選ぶ儲け仕事が 「政治家」という商売です。 そうしたロクデナシであっても世間の目を気にする、 という「最低限のマナー」が求められるですが、 石井一議員さまはそんな気遣いもできぬほどに 「アンポンタン」のようでございます。 最近の政治の状況を見るにつけ「民主主義」という制度は 実にロスの多い制度であることよ、とつくづく痛感させられております。 都内に新たな道路を走らせるのに 計画を発足させてから土地の所有者たちの反対にあい 40年経っても開通できない道路が沢山あります。 40年経っても首都近郊に地権者の反対にあって 満足に国際空港が建設することのできない 「民主主義国家日本」の明日に、果たして未来があるでしょうか。 目の前に金をぶらさげられて我欲の塊りとなって狂奔する市民と、 国のために「民意」も時には我慢を強いられるときがあるのだ、 と説き伏せる気概や勇気を持ち合わせず、 ただ我利我欲に媚び諂いオコボレを頂戴しようとする国会議員の 「痴れもの」によって、民主主義国家、日本が凌辱され続けています。 中国は全てが国の発展と人民の生活の豊かさが最優先される、 を「合い言葉」にアッという間に高速鉄道と道路網が整備され、 都市には繁栄の象徴の高層ビル群がそびえ立っています。 様々な問題や矛盾を抱え込んでいても、 アンケート調査によれば「自由」や「人権」より 「99%」の人民は「豊かさ」を求めているという事実があります。 「自由」や「人権」だ、といってみたところで 「三度の食事」がままならなければ、 そんなものは「スカシ屁」のごとく空しいものである、 ということを中国人民はその歴史から学んでいます。 「三度の食事を満足に腹いっぱい喰べることができる」 という有史以来の人民の夢をようやく現実のものとした 中国共産党政府に対する中国人民の信頼には揺るぎないものがあります。 実質GDP2000兆円というアメリカをも凌いで 世界No1の「経済大国」に躍り出た中国の富の70%は、 わずか1%の特権階級によって占められている、といわれています。 富の分配にあずかることのできなかった99%の労働者人民の不満が 今後の中国の不安定要因との指摘があります。 しかし今日より、明日、明日より明後日の豊かさを求めて 猛烈に働き続ける人民の愛国心は「国の崩壊」を求めてはいません。 このまま中国の発展が続けば後10年ほどで中国は 日本がその経済規模で逆立ちしても叶わぬほどの 巨大な国になることは間違いありません。 そうなれば先週ご紹介したように、 深圳に1000人以上いるといわれるフィリピンのメイドに変わって 日本人女性のメイドが数万人単位で 中国に出現することになるでありましょう。 このたびの福島原発の問題で原子力エネルギーを敵視し、 「経済の発展」至上主義の考えが あたかも「悪」であるかのような論調が目立っています。 マスコミもそうした耳障りの良い「ユックリエコイズム」 なる「トンデモ論」にくみしている様子がうかがえます。 かつてマスコミは「野村沙知代」の問題で1年のうち約10ヶ月間も 大騒ぎをしました。今ひるがえってあの「野村沙知代」問題とは 何であったのでしょうか。 何も価値のない不毛の問題さえも、大騒ぎをして取り上げ 商売にしようとするのが無責任な「マスコミの正体」です。 このたびもマスコミは原子力エネルギーを悪者にして、 地熱だ、太陽光だ、風力だ、波だ、潮流だと、 あたかも他の代替えエネルギーが明日にもでも実現可能なごとくの 言いふらしをして不安をあおり、商売にしようとしているのでございます。 中国では石油の備蓄が10日を割り、 ガソリンスタンドでは給油制限のために バイクが200台も行列をしている現実があります。 めざましい経済発展を遂げる中国の最大のアキレスケンはエネルギーです。 その為に今後10年間で80基近い原子力発電所を 建設することを予定にしています。 原子力エネルギーを悪者にする論者に見られる特徴は 「変節漢」であるということです。 これまでムシロ旗を立てての原子力反対運動など一切することなく、 ただそのエネルギーを享受して楽しい文化生活を営んできていたクセに、 時流に乗ってにわかに宗旨変えをしたゲス野郎どもでございます。 石油も石炭も99%自国で産出することができない日本が、 もし石油や石炭の供給を絶たれたらどうなるか、 そうした人間は真面目に考えたことがあるでしょうか。 石油や石炭の供給を絶たれたら原子力どころの騒ぎではなくなるのです。 今のところ福島原発で直接的被害にあった死者はおりませんが、 石油が入ってこなくなれば瞬時にして数万、数十万の人間が 死亡する事態を招くのです。 まず救急車が動かなくなります。 急病人は病院に運ばれることなく死ぬことになります。 エレベーターや電気が停まって都市のトイレや風呂も使えなくなり、 街にふん尿があふれて伝染病がアッという間に広まるでしょう。 水道も止まって煮炊きもできなくなり餓死する人の山ができます。 農業も石油が無ければ農作業の機械を動かすことができず、 肥料も不足して、農作物の出荷は壊滅するでありましょう。 漁業も燃料が無いために漁に出ることができなくなります。 石油不足によってあらゆる産業、社会の全てが崩壊することになります。 それによって生まれる死者の数は一千万人を はるかに超える数でありましょう。 原子力エネルギーを悪者にする考えの持主たちは 石油が未来永劫安全に日本に入ってくることを前提にお気楽に考えです。 しかし最近の中東問題に見られるように現実には 石油の安定供給などは砂上の楼閣なのです。 原子力エネルギーは日本の安全保障のために絶対に必要なエネルギーです。 「角を矯めて牛を殺す」ような愚に走ってはなりません。 そんなに人命第一をもっともらしく唱えるなら、 人命第一の美名のもとにタバコの即日絶対反対運動をなさい、 酒が原因でどれだけの命が奪われているでしょう。 酒も人命第一の美名のもとに絶対反対とするべきでございます。 自動車も電車も、飛行機だって原子力発電所以上に 「必ず落ちる」ことは明白なのですから絶対反対すべきです。 特に子供たちの命を大切に考える人たちは 公園を全国から無くす運動をしましょう。 年間数百人の幼い子供たちが公園で遊んでいて事故で亡くなっています。 子供たちに野外でのスポーツを一切止めさせましょう。 サッカーや野球、水泳のスポーツで沢山の子供たちが事故死をしています。 自転車に乗るのも駄目です、学校に通学するために外を歩くのもいけません。 交通事故に巻き込まれて年間何人もの児童が命を亡くしているのですから。 あれも駄目、これも駄目、となって 終いには生きるのも駄目になってしまいます。 死ぬリスクがあるから生きるなんてトンデモナイのです。 生きることにリスクのある命など絶対に許されない・・・ そうなのでしょう? 生きることはベストの選択ではなく「ベターの選択」の道を往くことです。 例えそれが正義であっても、 主義主張を曲げて現実に沿った選択をしなければならないことがあります。 生き延びるために、よりよい明日を築くために心の中では泣いていても 妥協をして生きて行かなければならないことがあります。 現実主義者、あるいは功利主義者だとの批判は甘んじて受けましょう。 しかし道学者のような顔をして人を批判する人間たちは、 貧乏に陥ると、どんな人間でも人間が人間でなくなり、 人間の顔をしたケダモノに化身する、ということを知りません。 繁栄を失なって貧乏になるということは 社会から捨てられる、という悲劇に堕ちることだということを・・・。 1945年8月15日終戦の日を迎えました。 それから二日後の17日、皇居の前には天皇陛下バンザイを叫んで 腹を切り命を落した軍人たちの亡き骸が50いくつもありました。 鈴木一馬はその皇居の前の道を通って警視庁に向かって歩いていました。 鈴木一馬は戦中時代は吉原の料飲組合の代表をしていました。 その鈴木に終戦日の翌日、警視庁から呼び出しがあったのです。 一馬が警視庁の正門を訪ねると そのまま真ッすぐに警視総監室に通されました。 吉原の女街風情をどうして警視総監の室に案内するのだろう、 と不思議な気がしました。 総監室にはカップクのいい丸坊主頭の小太りの男が待ってました。 一馬を見ると笑みを浮かべて室内に招き入れ ソファーに腰をおろすようにと促がしました。 職業柄これまで警察官に イバられたり、叱られたりしたことは幾度となくありましたが、 こんな笑顔で迎い入れられたのは初めての経験でした。 男は胸ポケットから名刺を一枚取り出し一馬に差し出しました。 名刺には立派なゴシック文字で「警視総監〇△□×」と書いてありました。 そしてその時節では珍しい警察のマークが金箔で刷られていました。 さすが警視庁のトップとなればこのご時勢でも 豪勢な名刺を持っているもんだと感心して眺めていると 「ところで鈴木一馬君」と名刺を手渡した警視総監が語りかけてきました。 一馬は名刺などという気の利いたものを持ち合せていませんでした。 名刺を貰っても自分の方からは何も名前を名乗るものを 渡すことが出来ずにいて「鈴木一馬君」と警視総監に先に名前を呼ばれて 内心ではウロタエました。 「鈴木一馬君」と名前に「君」付けて呼ばれたのは 生まれて始めてのことでした。 学校の先生や同級生にも「君」付けて呼ばれたことは これまで一度もありませでした。 これほどの地位の人間が自分に敬意を払っていてくれている、 と思うと自然と背スジが延びてシャンとしました。 「はい、何でしょか、警視総監さま」 さま、という言い方が自然と口から飛び出してきました。 一介の売春宿の主人に過ぎない一馬から見れば 眼の前にいる警視総監はまさに「さま」と呼んで相応しい人間です。 「いや、さまなんていう呼び方は止めてにして下さい、 総監、この呼び方でお願いします」 「はい、総監さま」 緊張の余り、どうにも「さま」を外すことのできない一馬でした。 警視総監はそんな一馬を見て大きな口を開けて豪快な笑い顔を見せました。 どうやら警視総監は一馬の人柄を気に入った様子でした。 「一馬君、実は君に折り入って私から頼みがあるんだ。 我が国がアメリカとの戦争に負けて、 もうすぐアメリカから占領軍が日本にやって来る。 いずれこの東京もアメリカの占領軍の兵隊で一杯になるだろう。 そこで君に力を貸してもらいたいんだ」 「私にですか?・・・私がどんな力を・・・でしょう?」 「占領にやって来るアメリカの兵隊の多くは血気盛んな若者たちに違いない。 ついこの前まで太平洋の島々で我が日本軍と 死闘を繰り広げてきた兵隊たちだ、そんな血の飢えた兵隊たちが いざ日本にやって来れば、何をシデカスか分かったものじゃない。 戦死した仲間の兵隊の復讐のために、 とどれだけ乱暴を働くか想像もできない。特に心配なのは婦女子のことだ。 純粋な大和撫子たちを復讐に燃えた兵隊たちの餌食にさせてはならない。 ここはなんとしても日本人女性の貞操を守らなければならない。 そこで君に協力してもらいたいと考えたのだ」 「協力というと・・・」 「アメリカ兵相手の女性の接客場所を設けようと考えている、 その場所に限ってアメリカ兵が日本の女性と遊べる場所とするのだ。 そうすることによってアメリカ兵の精力は発散されて、 貞淑な日本人の婦女子の貞操は守られることになる」 「それはアメリカからの要請があっての話ですか」 「アメリカからはそうした要請は一切ない、 しかし東京の治安を預かる立場の私としては、 アメリカの占領軍がやって来れば どういうことが起きるのかハッキリと予測できる。 だから君に一肌脱いで是非協力してもらいたいと頼んでいる訳だ。 日本の将来のために、是非力を貸して欲しい。頼む。この通りだ。」 深々と警視総監は頭を下げたのでありました。 「それで、どこにそんな場所を作ればいいのでしょうか」 「場所はどこでもいい、君と君の仲間で決めて欲しい。 都内あるいは近郊の場所であればどこでもいい。 できるだけ多く、沢山作って欲しい」 「その場所はこちらで勝手に決めるとしても、 場所の持主の許可は誰が取るんでしょう」 「それも君達でやって欲しい、当局がそうした場所を作るのに 表だって関与していたことが後で分かったら問題になる。 内緒で自分たちで接収して勝手にやっていることにして欲しい」 「接客場所の警備は警視庁の方で担当していただけるのでしょうか」 「アメリカ軍やアメリカ兵を相手に敗戦国である日本の政府や警察が 何かを言ったり、取り締まることは事実上難しいと思う。 全ては自助努力で防犯の方は気をつけてやって欲しいんだ」 「丸腰でケダモノのアメリカ兵と戦え、ということですか?!」 警視総監はグッと言葉につまった様子でしたが、 なおも勢いこんで言葉を続けるのでした。 「お国のためだ、助けて欲しい、恩にきる、君しかいないんだ、 日本の婦女子の貞操を救い、明日の日本の礎となる人間は君しかいない!!」 総監は「ほれこの通り」とばかりに、 またしても深々と頭を下げるのでありました。 プロの女街である一馬は春を売る商売をして起きる困難な問題を 人一倍熟知していました。 なんといっても難しいのは相手が酒に酔っている時でした。 酒は気狂い水、といいますが酒が入ると人が変わったように乱暴になり 手がつけられないほどの大暴れをする人間が少なくないのでした。 大男のアメリカの兵隊相手に そうした修羅場に立ち向かわなければならないかと思うと、 命が幾つあっても足りないように思えてゾッとしました。 しかし天下の警視総監に 深々と二度まで頭を下げられて頼まれたとあっては仕方がありません。 ここは運命と諦めてお国のお役に立つために頑張ることにしました。 吉原に帰ると仲間を集めてことの一部始終を話して協力を求めました。 敗れたり、といえども「お国のために」という精神は まだ男たちの心の中で輝きを失なっていませんでした。 それぞれがそれまで懇意にしていた仲間に声をかけ、 東京の盛り場のあちらこちらにアメリカ兵相手の慰安所を 開設するように働きはじめました。 鈴木一馬は銀座七丁目にあった大きな中華食堂を買収して そこに慰安所で働く女性を募集する場所を開設することにしました。 電車通りに面した場所に「ダンサー5千人募集」という 畳十畳ほどの大きな看板を出したのです。 焼け跡に真新しいペンキで書かれた募集広告は通行人の目を引きました。 看板を立てたその日から応募のために女性たちが ゾロゾロと押しかけてきました。 警察署長の月給が百五十円の時代に 月収三百五十円保証と大書きしてありましたので、 大金に釣られて連日沢山の女性たちが面接にやってきたのです。 女性たちは女子大生からOL、戦争未亡人に人妻と、 様々な経歴を持っていました。 彼女たちは皆んなヨレヨレのモンペを履いていました。 何日も風呂に入っていずに体からは異臭を放っていました。 面接に来た誰もが痩せていて目をギラつかせていました。 彼女たちは何日もまともに食事をしていなかったのです。 一馬は面接にやって来て採用を決めた女性たちに店の二階の食堂に行って メシを喰べることができるキップを手渡しました。 そして近くの銭湯に行って風呂に入ってくるようにと指示をしました。 久しぶりに腹一杯に食事をして風呂に入り体をキレイにした女達に 新しい着物と化粧品を支給しました。 女性たちはその時点で、 自分たちはこれからどんな仕事をしなければならないか 覚悟を決めていました。 生きていることさえできれば、 何をすることも嫌わない気分が世間に漂っていた時代です。 誰もが生きることに必死でもがいていました。 一馬は近くの焼け跡にバラックを建てて そこを寮にし彼女たちを住まわせました。 一馬は大森海岸にあった戦災からまぬがれて焼けることがなかった 10軒近くの料亭街を全て買い取りました。 そしてそこに銀座七丁目に建てた バラックの寮に収容できなかった女達を住まわせました。 そして三越、白木屋のデパートに行き売れ残った婦人物の洋服を 全部押さえて買い占めました。 化粧品は資生堂の倉庫まで行ってそこの品物を全部押さえました。 月島に内閣統計局の立派な倉庫が残っていました。 そこに押さえた物資を全部入れて仕まい込みました。 店開きはマッカーサーが厚木にコーンパイプをくわえて降り立った 8月30日から10日後の9月10日にしました。 はじめは日本橋の三越を全館接収してそこを本拠地にするつもりでしたが、 その計画を伝え聞いた警視総監が飛んで来て 「その辺りで営業をすると、周辺の場所に勤務していたり、 住んでいる女性たちが全部ヤラレてしまう恐れがあるから散らしてくれ」 と泣きつかれて三越を使用することを諦めました。 銀座の場所の一ヶ所で大掛かりに営業することを止めて 大森海岸を中心として箱根の強羅まで引いたラインの上に 数店の店を開くことにしたのです。 そしてまた強羅には常磐ホテル、熱海は観光閣、 それから立川、三鷹、福生、向島、市川と場所を展開しました。 開店したその日から進駐軍が群れをなしてやって来ました。 それはまさしくドッと攻めてくる、という感じでした。 まさに進駐軍は腰と股の間にピストルを二丁下げて攻めてきたのです。 男たちは皆気が荒く往生させられました。 中には相手にした女性を気に入り、 そのまま基地にかついで連れて行ってしまった兵隊もいました。 彼女が居なくなって大騒ぎをしていると 三月ぐらいしてその誘拐されて行った女性が フラフラになって帰ってきました。 色白の気立てのいい娘だったのに、 別人のように真ッ黒になって帰ってきたのです。 殴られたり刃物で刺される被害に遭う女性などもしょっちゅういました。 女性たちは人間扱いされることなく性のハケ口の対象として 物のように扱かわれ蹂躪されました。 営業時間は夜の6時から朝までの約12時間でしたが、 順番待ちの兵隊が行列を作って店の外まで列をなしていました。 室の中はカーテンで間仕切りがされていてベットが置かれてありました。 一回20円、というのが相場でした。 取り分は店と女の娘の間で折半となっていました。 女性たちは多い時で一晩20人のアメリカ兵を相手にしました。 一回終わってもやり足りずにまた並んでいる兵隊もいました。 やって来る兵隊の余りの多さにアブレる者もいたのです。 アブレた兵隊は欲求不満から暴れまくって店の中が粉々に壊されました。 若い兵隊の性への欲求は激しく、 生きるエネルギーそのもののように、とどまる所を知らぬげでした。 進駐軍は何をやってもオトガメ無しで日本国中が無法地帯となっていました。 アメリカ兵のあまりの横暴に耐えかねて 店を辞めていく女達も跡を絶ちませんでした。 一馬は女性の数が減ってくると働く女性を捜しに 遠く東北や北陸上信越まで足をのばしました。 一馬は大きなボストンバックの中にギッシリと当時の金で百万円 (現在の価値で5億円)の札束を積めて出かけたのです。 訪ねる先は地方に疎開していた芸者屋や女郎屋のおやじのところです。 前もって連絡を受けていたおやじたちは知り合いに声をかけて 女たちを集めていました。 いずれも親や兄弟姉妹たちの犠牲になって 東京に働きに出ることを決めていたけなげな娘たちでした。 娘たちの多くは処女でした。 処女である身の娘たちが東京へ着いた途端、 ゲダモノのような大男のアメリカ兵に抱かれることになるのでした。 しかし娘たちは自分の運命を知ってか知らずでか 皆明るい表情をしていました。 家族のために自分が犠牲になることの使命感に燃えているようでした。 一馬は自分のしていることが鬼畜の所業のように思えてきて悩みました。 しかしあの警視総監の頭を下げた様子を頭に浮かべて迷いを払ったのです。 彼女たちを東京に連れて来る汽車の中で一馬は精神訓話を述べました。 「君たちは新しい日本を作るための土台になるのです。 君たちの中で父なり兄なりが戦地で戦って あえなく戦死した人たちもいるでしょう。 しかしまた遠くの戦地に残っていてこれから帰って 故国の土を踏む勇士たちが沢山います。 そうした勇士たちが アメリカ兵たちと仲良くして外を歩く君たちの姿を見ると 絶望に陥り、ヤケになってトンデモナイ事件を起こすことになりかねません。 だからいくら親しくなってもアメリカ兵と外で会ったり、 親しく手をつないで歩くといった行動はしないで下さい」 そして「自分たちは他の日本女性の防波堤になって アメリカ兵の餌食になることから救うのだ、 という自尊心を忘れないで下さい」と諭しました。 それでも日本国中のアチラ、コチラで アメリカ兵に昼間家に押し入られて娘たちや妻たちが犯されたり、 時には殺されるという悲惨な事件がヒンパンに起きていました。 道を尋ねられて親切に教えたら路地に連れ込まれて 暴行されるという被害にあった気の毒な娘たちもいました。 オオカミと化した占領軍の兵士にとって 日本の女性たちは皆やりたい放題が許される子羊に過ぎなかったのです。 一馬の商売は天に昇る龍の如く、の凄まじい勢いで繁盛しました。 が、街には次第にパンパンと称される自前の街娼が溢れるようになりました。 喰いつぶれた上流家庭の婦女子が喰うために自分の意志で夜の街に立ち アメリカ兵相手に身を売る商売するようになったのです。 彼女たちは一馬の店の女の娘の料金の半分の値段で平気で客をとりました。 そうした女達が街中に溢れて次第に一馬の商売の領域が侵犯されていき、 一馬は店閉まいを余儀なくされました。 この当時の統計では全人口の約2割にあたる、1800万以上の人間が なんらかの形でそうした飲食業に関わる仕事をして暮らしを立てていた、 とされています。 あの戦争の意味は喰う為には人間は、何でもヤルのだ、 ということを自他ともに教えてくれたことでありました。 ガキの頃、手前どもはトラックの後ろからアメリカの兵隊さんが投げた ミカンの皮を夢中になって拾い口に入れて喰べた世代です。 ギブミー・チョコレートというフレーズをよく聞きますが、 一度もチョコレートのような高級なものを戴いたことがありません。 ミカンの皮を投げてよこしながら蔑むような表情をしていた あの若いアメリカ兵の顔を60年近く経った今も忘れることができません。 現代では喰べものを落してもそれを拾って喰べると親に叱られますが、 あの時代は落した喰べ物を拾って喰べないと、 勿体ないことしやがって、と親からビンタを喰らったものです。 あのような辛い貧しい時代が この日本に決して再び訪れさせないようにする為にも、 浮き世離れした「原子力エネルギー悪玉論」に 組することがあってはならないのです。 今回の原子力の危機はかけがえのない知識と経験の蓄積の時として 我が国の原子力産業の世界に対する圧倒的力へと変換すべきでございます。 ボランティアによる東北へのバス・ツアーが人気のようでございます。 それと比べてハトバスはこの震災と福島原発の影響で 閑古鳥が鳴いているのでございます。 ハトバスは空いたバスを全車 東北の被災地へ向けてのバス・ツアーを企画すべきでございます。 お客さまのターゲットとすべきは60才以上の 金をソコタマ貯め込んでいる熟年でございます。 こうした熟年には間違ってもヘルメットを被せたり、 軍手をハメさせたりのボランティアの臭いをさせてはなりません。 こうした熟年はこれまでヘルメットをイヤというほど被り、 ツルハシやスコップを片手にどんだけも土を掘る労働を経て ようやくリタイヤを手にした人達なのでございます。 どんな理由があっても金輪際ヘルメットや軍手、ツルハシなど 見るのも嫌な人種でございます。 定年退職した後は、好きな酒でも飲んで一日中ホロ酔い気分で過ごしたい、 そういう人達でございます。 こうした戦後の混乱期を生き抜いて来た団塊の世代以降の熟年の特徴は 強い好奇心を持っていることが上げられます。 彼等は今、あの東北の被災地に一度でいいから行ってみたい、 と心の中では願っているのです。 恐いもの見たさで、ワクワク、ドキドキして仕方がないのです。 しかし、今コノコノと出かけて行けば 「物見遊山になにしに来た、人の不幸を蜜の味とするのにも程がある」 と現地の人から批判されるのではと恐れているのでございます。 しかし本心では見たくて見たくてたまらず我慢をしているのでございます。 テレビで見たあの場所が実際にはどんな風になっているのか、 それをこの目で確かめたくて居ても立ってもいられない心境でございます。 そうした熟年を対象にボランティアのボもない、 ただの「被災地応援ツアー」と称するバス旅行を ハトバスには是非企画していただきたいのでございます。 旅は一泊二日、泊まる場所は近くの宮城や福島の温泉場で 安価で空いている旅館はいくらでもある筈でございます。 バスは岩手、宮城の被災地から特別な許可を与えて 福島原発の近くまでグルリと運行するのでございます。 たとえ放射能の影響があろうとも これから先の10年後20年後のことでございます。 10年後、20年後は生きているか、死んでいるかも分からぬのですから、 そんなことは屁でもない人達でございます。 秋田の玉川温泉にならって少々放射能を浴びた方が体に良い、 との考えさえ持つ人も少なくないのでございます。 第一あの福島原発には千人近い東電をはじめとする 下請け孫請け会社の作業員が常駐しているのでございます。 その正門の近くの場所に5、6分バスが停車させて 記念撮影するのでございます。 あるいはその場所で昼食タイムをとっても 何程の健康被害もないことは明きらかでございます。 バス料金は少々高めに2万円位に設定しても大丈夫でございます。 その変わりお帰りのお土産に福島の農家とタイアップした 現地の農産物を格安で提供するのでございます。 バス料金の中に5千円程度の福島県産の農産物の お土産セットを組み込んでいただきたく存じます。 少なくとも手前どもの出身地である福島県人は こうしたバス・ツアーの皆さまがやって来たからといって、 迷惑がったり、頭にくるということは 一切ありえないことを請け合うのでございます。 人間の一番冷い仕打ちは「無関心であること」と云われています。 テレビえ見たあの場面をこの目で確めたい、そんな野次馬根性で結構です。 是非福島にやって来て、どんなハリウッド映画の大作でも 見ることのできないスペクタクル感溢れる史上最大の 「現場」を覗きにやって来ていただきたいのでございます。 一日千台のバスを受け入れて5万人、年間約2000万人の 日本国中からの観光客が訪れることになれば、 復興など時間の問題でございます。 中国四川省の大地震の跡地は、 現在も中国各地から訪れる観光客でにぎわいを見せています。 地震で倒壊した家々もモニュメントとしてそのまま残されており、 訪れる人達の目を引いています。 また地元の少数民族チャン族の伝統的な踊りなども披露されて、 観光客の人気を呼んでいます。 現地の人々たちも多くの観光客が訪れることにより、 何もかも地震の前より良くなった、と喜んでいます。 福島の原発はもはや貴重な観光資産となる、との見立てでございます。 近い将来福島原発周辺は世界から訪れる観光客で かつてないにぎわいを見せてオオバケすることは間違いありません。 福島原発があって良かった、としなければ、 福島県人としてご先祖さまにどんな申し開きができるというのでしょか。 作家、団鬼六先生がお亡くなりになりました。 生前、先生の謦咳に接し、ご指導を賜りました。 生前のご友誼に感謝を申し上げ心よりご冥福をお祈り致します。合掌。 ◆ 情熱をもって熱く語れ!! 2011.5.1 「泣き虫」を見ました。 いい年をした大人の男の「泣き虫」でございます。 男は「内閣参与」という肩書きの男でございます。 合せて「東京大学教授」という立場でもある男、 でございました。 この男、記者会見を開いて 「内閣参与」の任を辞職することを マスコミの前で発表したのでございますが、 その席上でヨヨとして涙を拭って見せたのでございます。 この男は何がそんなに悲しかったのでしょうか。 「内閣参与」であり「東京大学教授」という立派な立場の男をして、 涙を流させしめた原因となったものとは何だったのでしょうか。 男はそのワケを明確に語った訳ではありませんので 真相は判然としませんが、思いますにどうやら 「国が設けた放射能の安全基準がゆるすぎて、同意することができない、 将来に起きるであろう子供たちの健康被害のことを思うと 悲しくて涙が出てしまう」ということのようでございます。 もしそれが「科学的」に立証された見解であれば、 可愛い子供たちの未来をおもんばかって流した涙の理由として 納得できるのでございましたが、男は自身が考えている「危険な放射能」の 科学的な根拠を明きらかにすることなく、国の安全基準が甘すぎる、 との見解を述べるのみで涙を拭ったのでございました。 「内閣参与」であり「東京大学教授」という重責にある人間が 「涙の抗議」を行なうのであれば、ハッキリとした科学的裏付けをもって 記者会見の席にのぞむべきではなかったのではないでしょうか。 釈然としないのはそうした自らが危ないと信じる科学的データを 一切開示することなく、ただ自分は国が示した安全基準には 同意できないから「参与」の辞を辞職する、 とだけ言って感情の高ぶりを見せながら涙を拭ったことでございます。 人騒がせな男でございます。 本当に自分が信じていることを訴えるのに、何故この男は 涙を拭ってヨヨする姿しか見せられなかったのでありましょうか。 ただ涙を拭られても国民は訳がわからず 不安がつのるばかりなのでございます。 自分の考えや信念を熱く語ることのできないこんな幼稚な男が 「参与」であったり「東京大学教授」であることに、 なんとも寒々しさを覚えたのでございます。 自分の考えを相手に分からせるのに、 こんな切ない仕草をして見せれば相手は分かってくれるだろう、 との浅墓な思い込みを持った甘ちゃんが「参与」であり 最高学府である東京大学の教授である日本の現実が、 ただいまの日本の不幸と混迷を如実に現わしている気がいたします。 大学教授や内閣参与で無くとも相手が誰であれ、 自分の考えを相手に理解してもらおうとすれば、 熱く語ることが重要なことは、 人間関係学の「イロハ」の「イ」のことでございましょう。 まったく自閉症に患かったような包茎親父を見せられて ア然とさせられております。 手前どもの知人に看護ビジネスをしている男がいます。 知人にはイカガワしい人間ばかりがいるようで恐縮ですが、 この男も「看護ビジネス」を餌に 「詐欺スレスレ」の悪業を積み重ねているワルでございます。 この男のヤリ口は明治時代に日本を建設した歴史上の人物の孫を 会長に押したて全国組織の「老人ホーム」の経営を行なうビジネスプランに 金持ちから出資させる、というものです。 郵政が先の資産売却でも手放した物件のうちで見かけは立派ですが 建物が立っている場所は地方の山奥で交通の便も悪く、 その割には建物が大きいせいで管理維持費が莫大にかかるという 「不良在庫」を捜し出してきてはここを「老人ホーム」に改良すれば 沢山の加入者がやってきて千万単位の保証金を取って大儲けをできるから、 一口乗りませんか、と持ちかける「インチキ」なのでした。 「日本の淋しい老人たちを救うのが私の使命です」 の男のキャッチフレーズに乗せられて つい金持ちさんが金を出すことになるのですが、 金を集めても実際には物件を買って改装し 老人ホームを始めることはしません。 許可が下りない、とか看護員の人員が集まらない、 あるいはいま始めても採算が合わないからもう少し時期をズラす、 と「ナンのカンの」の言い訳を言っては金主を雲に巻き、 なし崩しにしてしまう、というヤリ口なのです。 風の噂でこの「詐欺男」に友人が一億円出資した、と聞きました。 出資した、という噂の友人は長く衣料品の卸し問屋を経営してきた 堅実経営をモットーとしている男です。 あんな堅い男が何故あの「ペテン師」に騙されてこの不景気な時期に 一億もの大金を出したのかと不思議でなりませんでした。 ある日その衣料品問屋の友人のところに 後学の為に理由を聞きに行ってみました。 すると友人は一億円ではなく 既に「七億円」もの大金を出資していることが分かりました。 男と銀行に行って男の「老人ホーム」法人にお金を振り込んだ途端、 男は「社長、君はお祝いにステーキを喰いに行きましょう、 私が御馳走しますから」と宣ったとのことです。 それまで「この老人ホームが建つまでは 自分はコンビニのオニギリで我慢しています」と言っていた男、がです。 社長は自分の金でペテン師にお礼を言って銀座の有名ステーキ店で 大枚「五萬円」の高い「神戸牛のステーキ」を喰べたのでした。 その後、案の定男からの連絡はパッタリ途絶えて、 ときおり一方的に送ってくるメールには 「大腸癌が発見されて、只今抗癌剤を体に入れながら静養中です」 と書かれてあるのでした。 あんなペテン師に「七億」も出すなら、 どうしてコチラに一億でも二億でもいいから投げてくれなかったのか、 と悔やみごとを言いましたら、くだんの社長はこう返してきたのです。 「監督は熱く語らなかったじゃない、でもあの男は熱く語ったんだよね。 あの男が熱く語るのを一時間も二時間も聞いているうちに、 よし、世の中のためになることならなんとか応援してやろう、 という気持ちになってしまったんだよ。 気がつけば一緒に銀行に行っていつの間にか 最初は一億だった話が七億になっていて、 それさえ大した気にすることなく振り込んじゃったんだよ」というのでした。 人を動かすのに必要なものは理屈や真実ではありません。 「情熱」なのです。 一生懸命に語るとき、例えその話がインチキ話であっても 人は美しく輝いて見え、清々しい印象を相手に与えるものでございます。 「ワイロは国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」 といったのは田中角栄です。 ひとたび情熱に駆られれば人間は命さえ惜しげもなく捨てて 国を危うくすることも厭わない、ということでございます。 スケコマシの男がおります。 ご案内の通り手前どもの知人にはロクな奴がいないのでございますが、 この男もそのうちの一人でございます。 歳は50を過ぎていた頭髪は少なく、百メートル先から それと分かるほどにミエミエの「カツラ」を着用しております。 背は160センチ足らずの短躯で外見は故谷啓似の、 風采の上がらない、どう見ても女にモテるタイプの男ではありません。 ところがこの谷啓が女にモテるのでございました。 それも若い女に大モテなのでございます。 一度、一緒にクラブに遊びに行ったことがありました。 そしてこの谷啓のモテる意味が分かりました。 これだと狙いをつけた女性には一時間も二時間もブッ続けて 谷啓はしゃべりまくりクドくのでした。 クドくセリフの内容は 「もし君が僕の彼女になってくれたら」の空想話でございます。 恵比寿か青山の豪華なマンションを買ってそこに二人で住んで 週末は東京ヘリポートに置いてある自家用ヘリから 美味しいモノを喰べに日本国中に旅に出かける、勿論帰りは 君の好きなブランド物の洋服やバックを有名なテパートに買いに行く、 という他愛もない夢物語を滔々と熱く語るのでありました。 そして「ホラ、これが僕の持ってる湯河原の別荘、 そしてこれがクルーザーと高級外車に、億ションの自宅のリビング」 と数枚の写真を披露するのであります。 ご丁寧にそれぞれの写真には本人も映っているのでしたが、 パソコンを使ってどこかの雑誌から流用した写真を 合成したモノであることは言うまでもありません。 このスケコマシの特異なところは、話をしている最中、 内ポケットから取り出した宝石がちりばめられた女物の ブルガリの腕時計を相手の女性にかけて見せることでした。 「この時計は新しいタイプのデザインもので 600万はするんだけど、君に似合うね」 とやるのでございます。 女性は星の王子さまがいま眼の前に空から降ってきたとごくに 昂揚し顔を赤らめます。 実はその時計はこのスケコマシと前に上海に行ったときに、 裏町のニセモノ屋で中国人の商売人が一万円というのを 手前どもが三千円に値切ってやった品物でした。 スケコマシのヤリ口に陶然として、店が終わった後、 誘われるままに子羊がオオカミの餌食になるのは 百パーセント確実に思われました。 クラブの女性はこれ見よがしに「どうかしら、似合いますか」と 隣に座っている手前どもに時計をはめた手首をつき出してきます。 なんとなく釈然としない気がして、そのスケコマシに 「おい、この時計、この前上海で3000円に値切ってやった例の奴か」 と声をかけました。 スケコマシ、アッと表情をして コップの酒を一気に飲み干し憮然としていました。 傍のシンデレラの顔も先程の紅潮した顔から転じて 真ッ青となったものでございます。 彼女は若く美しい娘でした。 その店でも多分彼女は上位のクラスの成績のプロのホステスだったでしょう。 そのプロのホステスも熱く情熱的に語る男にはつい気を許して、 初対面なのにも関わらず体まで許してしまいかねない様子を見せたのでした。 ブルガリの腕時計の小道具があったにせよ、 スケコマシの見事な情熱のホトバシリを「目撃」し 「感心」したものではございます。 先週の週末はお仕事で上海にいました。 ゴールデンウィークのせいでしょうか、 飛行機は行きも帰りの便も満席でした。 上海の繁華街で中年の男が「社長さん」と日本語で声をかけてきました。 プロの彼には一見して手前どもが日本人であることが分かったようでした。 「社長さん、中国の骨董品興味ありませんか」と話しかけてきたのです。 骨董品には一切興味はありませんが、真昼、それも人通りの多い繁華街で 場違いの骨董品話をしかけてくるこの中年の中国人の男に興味を持ちました。 「少しあるよ」と答えると 中年の男は「そうですか、私、あなたに特別に 中国の有名な骨董品を見せることができます。 でも、ここではその有名な骨董品を見せることができません。 あなたのホテルの名前と室番号を教えて下さい。 今晩その室に品物を持って見せに行きます」と言いました。 男にホテルの名前と室番号を伝えると、 男は約束した時間キッカリに室にやってきました。 男は一人ではありませんでした。 若い女の娘を一緒に連れてきていました。 その女の娘はなかなか可愛い外見をしていて 女優の永作博美さまに似ていました。 男は両方の手に大きな紙袋を下げていましたが、 永作博美さまは掛け軸の入った長い棒の包みを 五、六本両脇に抱えていました。 男は持ってきた紙袋の中から皿や壺、龍の置き物を取り出して、 ベットの白いシーツの上に並べました。 また永作博美さまが持ってきた掛け軸も開いてベットの上に敷きつめました。 掛け軸にはそれぞれに虎や龍や山水画の風景が 墨で鮮やかに描かれてありました。 中年の男は品々を並べ終わると 「どうです、社長さん。素晴らしいでしょう。 これは全部昔中国で有名な芸術家が作ったモノです。 社長さん、あなたなら分かるでしょう」 と流暢な日本語で語りかけてきました。 社長さん、あなたなら分かるでしょう、と言われても 当方にはサッパリ骨董品に対する知識が無く 何が何だか分かりませんでした。 が、何も分からないではプライドが許しませんでしたので、 「ウンウン」とうなずき見せました。 そして「どうしてこんな立派なモノをアナタが持っているのか」 と尋ねましたら、中年の中国人はよく尋ねて下さいました、 とばかりに顔に満面の笑みをたたえて 「盗んできたのです」との言葉を放ったのです。 「盗んできた」とは話はおだやかではありません。 「えっ、盗んできたってどこから?!」と慌てて聞き返しますと 中年の男は「中国美術館からです」と平然と答えました。 「これらの品物は中国では知られた皆有名な芸術品ばかりです。 私の友人は美術館の館長をしています。 その友人の館長の子供さんが重い病気にかかってしまいました。 中国では病院は高い値段がします。 なかなか偉い人でも病院に行ってその高いお金を払うことができません。 私の友達の館長さんは、このまま病院で子供さんが手術を受けなければ 死んでしまう、と悲しい気持になりました。 そこで子供の命を救うために美術館の倉庫にしまってある この骨董品を利用することに決めたのです。 自分が女と遊びたい、とか豪華な食事やお酒を 沢山飲みたいからじゃありません。 可哀想な子供のために、子供の命を救うために、苦しい決断をしたのです」 中年の男の話しぶりは段々と熱を帯びてきました。 「中国の美術館には沢山の骨董品があります。 それらの骨董品は一週間ごとに交換して並べて 美術館を訪れるお客さまに見せています。 一度見せて倉庫に戻すと、余りにも沢山美術品があるために 次に展示する順番は10年後か20年後になってしまいます。 館長さんは考えました。 次の機会の順番がやって来るまでの10年間か20年間の間に、 売るんじゃなくて誰か信用できる人間に預けて お金を借りようと考えたのです。 その相手には日本人が一番だと館長さんは考えました。 韓国人やアメリカ人やヨーロッパの人間より、 世界で日本人が一番信用できるからです。 そこで友達の館長さんに日本語のできる私が頼まれて街に出て、 日本人の信用できる人間を捜し出してその人に 10年間か20年間の間、この骨董品を預かってもらおうと考えたのです。 そこで私は今日、昼間五時間もあの場所に立っていて、 信用できる人間を捜していてあなたを見たのです。 ああ、この日本人なら信用できる、と思ってあなたに声をかけたのです」 鉄鉄壁なストーリーです。自尊心をクスグル男の話でございます。 また男の声の言葉の質感と抑揚が耳に心地よく響きました。 「あなたの本当のお仕事はなんですか」 「インチキの骨董売り」です、とは男はさすがに答えません。 「私の本当のお仕事はオペラ歌手です。 中国ではオペラで喰べていくことができないので、 いま館長さんのお仕事を手伝っているのです」 ボランティア活動だったお話が、 立派なお仕事になっている、というワケでした。 「いくらの値段ですか」 「それはあなたが決めて下さい。 社長さん、あなたであればこの骨董品の値段が分かる筈です。 売る買うじゃないから私の方から値段を言うことができません。 館長さんの子供の命を救う、という優しいあなたの気持があれば、 正直なところ値段などいくらでもいいのです。 どうせ売る訳ではないのですから、あなたに預けるだけなのですから。 社長さん、あなたの気持でいいのです。 社長さん、あなたの中国人の可哀想な子供を救う気持を聞かせて下さい。 あなたの日本人としての優しい気持ちを教えて欲しいのです」 嘘と分かっていても、 この中年のオペラ歌手の熱の込もった話を聞いているうちに 「ひょっとしたらこの男の言う子供の病気の話は本当なのかも知れない」 と心の隅でヘンなスケベ心が起きたのです。 オペラ歌手はこちらの心の動揺を見透かしたように 「それと、この掛け軸を持って私と一緒にやって来たこの女の娘は、 私のオペラ教室の生徒です。 今夜、優しい日本人のお世話をするために連れてきました。 朝まで、朝までこの娘と一緒に居て この娘に社長さんのお世話をさせて下さい。 朝まで、朝まで社長さんとどうぞ一緒でお願いします」 やけに「朝まで」を強調するオペラ歌手なのでございました。 色と欲の二人連れ、とはこのことを言うのでしょうか。 眼の前に美味しそうなニンジンをぶら下げられて、 どこまでも懸命に走る馬の心境がよく分かりました。 いくらのお金を払ったか、は申し上げませんが 掛け軸を一本「預かる」ことにしました。 オペラ歌手は受け取ったお金を顔に満面の笑みを浮かべながら、 胸ポケットにしまい込み「これはサービスです」 ともう一本の掛け軸を差し出しました。 そして持ち込んだ品々を紙袋に入れると立ち去って行きました。 帰り際、オペラ歌手は一枚の名刺をとり出してドアの所にはさみ込むと、 「社長さん、中国の有名なお茶おみやげに欲しいとき、 お電話下さい。一番安いお金でプレゼントします」 オペラ歌手はお茶の売人でもあったのです。 オペラ歌手は「預けた」こちらの氏素性を尋ねることもなく姿を消しました。 残った永作博美さまのお腹に妊娠線がクッキリと浮き出ていたこと 「朝まで」二度ほど確認したことをご報告します。 今、この日本で熱く語ることが求められているのはマスコミ人でございます。 不安をあおりセンセーショナルに危機を叫ぶことが マスコミ商売の常道である、 との考えに染まっているマスコミ稼業の人間たちでございます。 しかしマスコミには託されている責務があります。 それは「元気を発信する」という役割でございます。 物事を前向きに考え、決して希望を捨てることのない生き方を マスコミには説くべき責任があります。 人々を勇気づけそのヤル気を鼓舞する情熱を発信する、 それこそがマスコミに今一番期待されている役割です。 故谷沢永一は 「世に悲観論が流行るのは、それが安全牌だからである」 と述べました。 弁護士は依頼人に決して裁判の結果について楽観的なことを伝えません。 依頼人には二、三割方は厳しい判決が予想される、 と言うことを常としているのです。 裁判の結果が弁護士の思惑通りのものとなっても、 依頼人の受け止め方が「さすが、オラが弁護士の先生」 となるように仕向けておくのです。 病院の医者にもそうした傾向が見られます。 この頃では医療過誤の裁判となるケースが増えておりますので 医者は患者に比較的厳しい見立てを言うようになっています。 中には本人の心中に気配りをすることなく、保身から 「末期の癌であと余命三ヶ月です」と残酷な宣告をする者までいる始末です。 混乱や不安な時代にあって人を勇気づけることは困難なものです。 何故なら勇気づける立場の人間もその混乱に巻き込まれ 当事者の一人であることが多いからです。 他人どころの騒ぎではない、のでございます。 そうした状況にあってマスコミこそが正確な情報を伝えると同時に、 絶望からは何も生まれることがなく、顔を上げ前を向いて歩くことが 唯一の最も賢い生き方であることを叫ぶことができるのです。 日本のマスコミはイタズラな悲観論をモテ遊べば、 経済の疲弊を招き部数や視聴率の著しい低下となって 災いが自らにふりかかってくることになることを承知しなければなりません。 この頃で一番熱く語っていると見られたのは 日本ハムのハンカチ王子斉藤祐樹クンとオ〇ンコをしたことを 週刊誌で告白した石井あゆみさま(仮名)でございます。 あゆみさまは祐樹クンとハメハメした後、 祐樹がグッタリとしてベットの上に横たわって寝顔を見せている姿まで 写真に撮って週刊誌上で「公開」なされております。 二人がオ〇ンコをするようになったのは祐樹クンが大学一年生のときでした。 あゆみさまがファンレターを出して 「彼女がいたらゴメンナサイ、もしよろしければお電話下さい」 と携帯電話を書いた手紙にまんまと祐樹が引っかかり連絡をしたことで 二人の交際が始まりました。 祐樹クンの方から電話がかかってきて頻繁にケイタイで話すようになり メールのやりとりもするようになったのです。 そして一年生ながら日米大学野球選手権の 日本代表に選ばれて米国に向けて出発する前日、 ホテルに泊まった室で二人はオ〇ンコをやったのです。 ホテルに二人で入ったのは祐樹クンの方から 「時差ボケしないために朝まで起きていたいので、一緒にいて欲しい」 と頼んだからでした。 ベットの中で初め仕かけたのはあゆみさまの方からです。 ベットの中から祐樹クンに「こっちにおいでよ」と誘い 「キッスして」と甘えてチンポをオッ立たせたのです。 その後、約一年間に渡って祐樹クンとあゆみさまは オ〇ンコ三昧の交際を続けたのでありました。 あゆみさまが祐樹クンとのオ〇ンコ交際のことを 週刊誌を使って公にした理由とは何であったでしょうか。 あゆみさまの言うところの告白に至る理由は 「彼に言っておきたいことがあるんです。 彼にはちょっと人生を甘く考えている部分が見受けられるんです。 これまで沢山、人生のことなど彼と話し合ってきました。 最後にあなたに教えるけど“これが勉強だよ”っていうことを 言っておきたいんです」と熱く語るあゆみさまでありました。 熱く語る者の中には、時としてあゆみさまのような “人生の教師”も混じっているのでございます。 近くのコンビニの中国人の女子店員に 「どうして皆んなが慌てて中国に帰っているのに、 君はこうして日本で働いていて大丈夫」と尋ねましたら 彼女曰く「中国の方が何倍も危ないんですよ、 日本に居る方が一番安全なんです」との答えが返ってきました。 このたび短い期間でしたが中国にいて 日本では知ることのできない問題を知りました。 上海のガゾリンスタンドの前を通るとバイクが百台以上、 スタンドでの給油の順番を待って並んでいました。 給油所では中国のバイクに使われている軽油が極端に不足し 品不足を起こしていて給油制限を受けているのでした。 調べてみると現在中国は石油備蓄は わずか10日分ほどしかない危機的状況にあることが分かりました。 急激な経済発展による需要と中東と北アフリカの紛争の余波を受けて 中国の石油戦略の備蓄が10日になっていたのです。 ちなみにリビアから3万人の中国人が 中国政府による空前絶後の救出作戦によって、船や飛行機で逃れています。 日本であればこうした10日分の備蓄という厳しい石油不足の現実は マスコミが大々的に報道してパニックになるところですが、 中国では当局による自制的な報道規制によって 「時間がくればもうすぐ問題が解決する」とされており、 人々はそれほどのパニックを見せる様子はありませんでした。 が果たして当局の言うように
「時間がくればもうすぐ問題が解決する」とウマくいくものでしょうか。
また中国の飼育豚のうち6割が抗生物質や重金属、消毒薬の乱用によって病気に患かっていることが判明しました。
専門家によるとそれらの病気に患かっている豚肉を摂取し続けると「全身の震え、頭痛、吐き気、嘔吐などの症状が出る他、高血圧、心臓病、甲状腺機能障害、糖尿病、前立線肥大」の深刻な病気に患かることと報告されています。
中国人が最も好んで喰べる豚肉の6割が汚染された「毒豚」とあってはとても福島の放射能の騒ぎどころではないのでございます。
発展のめざましい中国の中でも裕福なビジネスマンや起業家が住むことで知られている深圳市民の間ではフィリピンのメイドの需要が高まっています。
フィリピンといえば戦後のある時期は経済的にはアジアの優等生でした。
当時の中国などと比べてもその経済発展ぶりは天と地の差ほどありました。
韓国や台湾と比較してもフィリピンの方が経済的な豊かさを誇っていました。
が、この50年、フィリピンは国内政治の混乱によって経済は発展することなく、今日ではアジアの最貧国の一つに数えられる悲惨なことになっています。
そして現在では中国に出稼ぎ目的に渡航して働いているフィリピン人のメイドの数は深圳に1000人以上いると言われています。
中国ではフィリピン人のメイドは合法化されていませんが、フィリピンのメイドは優秀でその需要は益々高まっているのでした。
中国にフィリピンのメイドを最初に連れてきたのは香港人でした。
香港人たちが自分達の住まいのある深圳にも旅行ビザでフィリピン人を連れてきたのがはじまりで、アッという間にフィリピンメイドが1000人以上となったのです。
めざましい経済発展を続ける中国、その総購売価格から見ると、中国の実体経済のGDPは日本の4倍の2000兆円にのぼる、といわれています。
このたびの福島原発の問題で、経済より安全、などと浮き世離れした世迷い言をいっているとあと10年も経たないうちに数万人の日本人女性の小間使いが中国に出稼ぎに行く風景が珍しくないものとなりましょう。
経済の発展を舐めてはならない。
人間は貧しくなれば悪魔にだって容易に魂を売り払ってしまう生き物である。
キリストは人間の性質は元来弱いために、人生で苦しい局面が訪れると生きることを止めて簡単に自殺をしてしまうことを認識し恐れていた。
よって「自殺を人間の最大の罪」として聖書の中で戒めて人類の生き残りをはかったのである。
どんなことがあっても貧乏に堕ちることなくこの難局を乗り越えてよりよい経済的豊かさを築かなければならない。
生きることのリスクは絶対に許されない、と人間のリスクを第一義的に考え唱えるものは日本全国からモチを撤廃すべきである。
何故なら戦後放射能で死んだ人間がいなくとも、モチでは年間100人以上、戦後これまでに一万人近くの人間が死んでいるからだ。
クソもミソも一緒の「原発は敵」の意見に断固として反対する。
もし大津波の予想を計算に入れていなかったことが罪として問われるならば、石巻や陸前高田をはじめとする数万人の死亡者を出した被害市町村の長はこぞって「打ち首、獄門」を科せられるべきであろう。
福島県知事の東電社長からの面会を拒んだことは茶番以外何ものでもない。
東電の問われるべき責任とは、福島原発の早期の時点での放棄を菅総理に具申した「無責任気質」と、初動時における原子炉への海水の注入をためらったこと、この二点である。
その点から考えればいまや英雄として崇められている東電第一原発の吉田所長こそ、「宮仕え」の身であったといえども現場の総責任者であったワケだから真犯人の一人として断罪されるべきであろう。