私は、2月15日、第27潜水隊の呂65潜艦長に補され、吉松田守艦長(海兵55期)と交替したのであるが、それまでに4隻の伊号潜水艦、伊61潜、伊52潜、伊71潜、伊8潜の4隻に乗艦していたが、海戦直前に勤務していた新鋭最大の伊8潜から老朽潜水艦長に乗艦したとき、一種の悲壮感を感じていた。
そして、昭和17年6月10日、呂65潜から伊165潜に移った。
(中略)
インド洋で交通破壊戦に私が従事していたのは、昭和17年6月から約半年間、伊165潜艦長をつとめていたときであった。
最初の2ヵ月間に2隻の英・米商船各1隻を撃沈した。
(中略)
呂65潜が私の退艦直後にアリューシャン方面へ出撃し、昭和17年11月4日、キスカで空襲の際に沈没したことを知り、「運命かな」と痛感した。
昭和18年3月から3ヵ月、伊165潜から臨時的に第11潜水戦隊(訓練部隊)参謀に補せられたが、そのときに痛感したのも、潜水艦戦備はドイツのUボート方式でなければならないということであった。