高幹は新当流を開眼して後に、五畿七道に武者修行した。
 その行列には上下80人ばかりの門弟を引きつれ、大鷹3羽を据えさせ、乗換えの馬を3疋も曳かせるといった派手な演出で、行くさきざきの武家に尊敬させるように仕向けた。
 彼は腕前ばかりでなく、売名もうまく、斬新・気鋭な独特な生活設計によって、万事を行動したように思われる。
 卜伝が、ある上手な兵法家から試合を申込まれた時の話。
 「よろしい。試合しましょう」
 と返事をしておいてから、人を使って相手の剣士の過去の試合を徹底的に調査させ、どういうやり方、どういう風に勝ったかを研究した結果、構えは左太刀で、勝つときは右か左か、とにかく片手できまるということがわかった。
 そこで卜伝は試合前に相手へ通告して、
 「左太刀の片手勝負は、たとえ勝つためといっても卑怯なやり方であるから、拙者との試合では、やらぬようにしてもらいたい」
 と、申し入れた。