【P73】
 一日置いて21日、再び予定の射点に近寄っていった。
 砲術長山本少尉は、相変わらず張り切って、精悍な顔をニヤニヤさせているのが頼もしかった。
 「おい鉄砲、今度はうまくやれよ」
 「大丈夫です、全弾命中させます。何しろ相手は地球ですからね」
 彼は笑いながら、そう言って司令塔に上がっていった。
 艦長も一昨日の失敗に懲りて、上空見張りは慎重だった。
 そして、射撃開始を日没後30分きっかりに予定した。
 そのかわりに、射点は前回よりも1,000m突っ込んだ位置であった。
 「急速浮上砲戦用意!」
 力強い命令が艦内に響き渡る。
 射撃号令が次々とかけられる。
 そして浮上と同時に、
 「撃ち方始め!」
 5秒おきに艦を揺さぶって砲声が轟き始めた。
 「全弾命中!」
 歓声がどっと艦橋から伝わってきたが、今度ばかりは発令所を離れるわけにはいかない。
 やがて陸上からの反撃が始まったので、直ちに攻撃を中止して潜航に移った。
 全没するまでに数発の敵弾が飛来したが、弾着は遠く被害はなかった。
 敵地の夜空は黒煙におおわれ、その煙を明るく染めて、紅蓮の炎が燃え上がっていた。
 敵陣のほとんどの格納庫や燃料タンクは、もはや使用に耐えないはずだ。
 この反撃は完全に敵の意表をつき、功を奏した。

【P77】
 3潜戦の先任参謀井浦祥二郎中佐が
 「ご苦労でした。今日はもう遅いですから、明日ゆっくりと、司令部で報告を聞かれそうです。」
 と挨拶したのを機会に、みんな気を利かせて引きとっていった。

【P259】
 基地を出てから1ヶ月余り、11月14日の夜半であった。
 艦は、このとき、キスカ島とアッツ島の間で、アッツ島寄りに哨戒していた。
 その夜は、珍しく海上が平穏で、さざ波ひとつない。
 空には、利鎌のような月が青白い光を放っている。
 その下には、アッツ島が墨絵のように浮き出ている。
 厚い防寒外套を通して、寒気が骨までしみる。
 それを我慢しながら、私は哨戒任務についていた。
 その時である。
 突如!アッツ島のほぼ中央と思われるところから、青白い、炎のような塊が上空に舞い上がった。
 何だろうと目を見張っているうちに、炎の塊は次第に膨らみ、橙色に変わりながら、相当なスピードでこちらにやって来た。
 そのとたん、冷水を浴びたような戦慄が全身を走り、すぐには口がきけなかった。
 はっと我に返ったとき、無意識のうちに、
 「両舷停止!潜航急げ!」と私は下令していた。
 私だけではない。
 艦橋にいた全員がみとめている。
 潜入後しばらくして、航海長と信号兵が異口同音に言った。
 「艦長、あれはアッツ島の英霊です。それに間違いありません―」
 無神論者である私も、あの火の玉が信号弾でなかったことだけは断言できる。
 しかし、何であるかは、今なお分からない。
 とにかく、不思議なものを、この目ではっきり見たことだけは事実である。

【P265】
 それにしても、潜航前、アッツ島に上がった火の玉は何であろうか?
 人に話せば、「そんな馬鹿なことが―」といって一笑に付せられそうなので、そのままにしてあるが、時が経ち、日を経るにしたがって、「あれはアッツ島の英霊です」と言った言葉が真実であると思わてならない。

【P344】
 3月25日、トラックに入港して、艦隊司令部に出頭したところ、水雷参謀の鳥巣健之助中佐が私の顔を見るなり言った。
 「軍令部からすぐ帰せといってきていたが、ブインからも是非よこせということだ。どうするか?」
 藪から棒の質問だ。
 私は面食らった。