【P54】
 ひょいとうしろを見たら、艦尾50メートルくらいの所を長さ9メートルほどのおかしげな格好をした魚がついてくるのが目にとまった。
 うねり波に乗って、ある深度を保ちながらついてくる。
 時折波間から頭を出し、ぷーっと潮を噴く。
 牛みたいな頭である。
 目は小さいが、まばたきもせず――魚だから当たりまえだろうが――艦との距離を一定にして追ってくる。
 何ていう名の魚なんだろう。
 魚類のうちには一夫多妻で一番強いのが主権を握るというのがあるそうだから、多分この魚も本艦を強い魚の親玉とでも思ったのであろうか。
 砲術長が面白がって艦長にいった。
 「鉄砲で射(ママ)ってみましょうか」
 「ふん、どんな顔をするか、一発お見舞いしてみるか」
 艦内に備えてある七挺の小銃の一つを持ち出し、狙いさだめてぶっ放した。
 命中。
 どうするかと思ったら何事もなかったように、平気の平左で泳いでいる。
 「だめだよ、これじゃあ、太平洋のまんまん中の魚にゃあ鉄砲玉なんてきかないんだろ」
 馬鹿ばかしいから一発でやめ、あとは海の怪異についての話にしばらく花が咲いた。
 そのころ、どこまで深いか限りもない碧空に白く月のようなものの浮いているのを発見した。
 はじめはパラシュートだろうといっていたが、いつになっても降りてこない。
 望遠鏡でよくさぐると、瀬戸物か水晶のかけらのように見えた。
 結局、星であろうということ(ママ)なった。
 真っ昼間、こうした天体の光なき星を眺めたのも初めてである。
 陸地を遠く離れた大洋の真っ(ママ)だ中には、お伽話のような不思議なものが次々と現われてくる。

【P59】
 瀬戸物のような白い星が、済みきった中空に今日もまた見える。
 白昼、真夏の碧空高く取り残された白骨のような星であった。
 怪魚は姿を消してしまった。
 深く潜航したのでまかれたとでも思ったのか。
 今ごろ一人ぼっちで探し歩いているかもわからない。

【P211】
 夜、不思議な音源を捉える。
 微かな、そしてリズムの極めて遅い七つの音源であった。
 音源聴取から二時間ほどして潜望鏡を上げて見たら、「前後の見分けのつかぬ貨物船」を発見したと伝えてきた。
 不思議な幽霊のような船である。
 浮上追跡を開始すると、その船は煙のごとくかき消えてしまった。
 ほんとうの幽霊船であったかも知れない。