【P146】
11月30日、第7駆逐隊指令宛の伝令が受信された。
発信者は連合艦隊司令長官で、電令は次のとおりであった。
「第7駆逐隊は機動部隊主隊と分離、特別攻撃隊となり、ミドウェイ島の南方500海里を適宜遊弋、機動部隊X作戦実施20時間を経て同島を急襲砲撃すべし」
特別攻撃隊といえば勇ましく聞こえはいいが、これでは体のいい囮部隊である。
軍令部の計画では、機動部隊の主力は千島列島の択捉島ヒトカッブ湾に一旦集結し、機を見て一挙に東進して真珠湾を突くことにあった。

【P153】
信号下士官が艦と見たのは、実は陸上にある大燃料タンクだったのである。
「砲撃始め、距離1500」
"呑ん兵衛″少尉の航海技術の精密さよ。
暗夜、この大洋の中で、良くぞこの小島をつかまえたものである。
生きて帰れば、いよいよウィスキーを愛し、女を語るであろう。
戦闘開始。
3隻の駆逐艦18門の12.7cm砲が、一斉にタンクを目標に火を噴く。
といえば威勢が良いが、これがなかなか命中しない。
闇夜の鉄砲で、全弾が浜辺に炸裂して、砂を吹き上げるのがよく見える。
敵も反撃してくる。
真珠湾を攻撃してから既に20時間も経っているので、敵も戦闘準備を完了していたのである。
その反撃の方が正確に艦の周囲に着弾する。
「鉄砲、貴様、どこ狙ってるんだ。アホウドリを狙っているのではあるまいな」
小西司令の怒声が響く。
敵は10基の大探照灯を一斉に点じて、艦を追尾する。
距離は1500メートル、大型機銃の射程内である。
機銃の曳光弾が甲板に弾ける。
敵の方が正確である。
大体において、駆逐艦乗りは砲撃が苦手である。
彼らは水雷屋なのだ。
しかし、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるで、駆逐隊が25ノットの高速で島の周囲をグルグル回りながら砲撃を加えた。
島は炎を次々と上げる。
あの大タンクも盛んに燃え上がっている。
5分、10分と過ぎて、我が方の照準が次第に落ち着き、正確になるに連れて、敵の反撃が一つ一つ消えていく。
我が直撃弾で、発電装置がやられたらしい。
小さな島だ。
あれだけ燃えたら、熱くて陸上にはいられまいと思えた。
砲撃は、実に20分も続けられた。
全島に物凄い爆発が起こり、火炎は天に冲した。
流れ出した油に火が点き、それは海上にまで燃え広がった。
飛行場にあった航空機が、砲弾で吹き飛ぶのがよく見える。
炎で昼の明るさである。
敵の反撃も、いまや全く沈黙している。
1艦各砲120発の砲弾が、この小さな島に撃ち込まれたのである。
建物は跡形もなく燃え尽きていた。
「砲撃やめ。予定の行動により帰る」
任務は終わった。
これでわが機動部隊に追い討ちをかけるものはいない。
しかし、付近にあるアメリカ海上兵力は、この時からミドウェイに集まるだろう。
燃えるミドウェイを背後に望んだとき、初めて恐怖を感じた。
進撃時には覚えなかった恐ろしさである。

【P286】
「第七駆逐隊は直ちに出撃、ルンガ沖に終結せる敵輸送船団を夜襲殲滅せよ」
中攻の爆撃に失敗したラバウルの司令部は、駆逐艦の夜襲で勝敗を決すべく、その第一撃を第七駆逐隊に命令した。
最もガ島に近いショートランド泊地で、身軽な存在だった第七駆逐隊が選ばれたのである。
「ほらきたぞ、相も変らぬ貧乏クジの一番だ」
それでも艦内は、夜襲と聞いて勇み立った。
久しぶりの本格戦闘である。
暗夜、枚(ぱい)をふくんで敵に肉薄するあのスリルは、水雷屋でなければ味わえない緊迫感である。
近いといっても、ガ島までは200海里、20ノットで10時間の行程である。
午後3時、とるものもとりあえずショートランドを出撃する。
夜襲よりも、日没までは敵機の警戒が大変である。
敵機に発見され襲撃を受けては夜襲どころではなくなる。
味方飛行機が引き返したほどの悪天候であるが、それでも厳重な対空警戒で一路南下する。
コロンバンガラ島沖で夜に入る。
敵機の触接はない。
速力を25ノットに上げて、暗夜の海をひた走る。
8日午前1時、ルンガ沖に入り、雷撃、砲撃の準備を完了する。
声を潜めて湾内に侵入するが、敵の哨戒艇もいない。
陸岸近くまで忍び寄ったが、全く敵影なしである。
狐につままれたようである。
「何も見えないか」
「何も見えません」
見張員は、同じ返事を繰り返すばかりである。
おかしいぞ。情報によれば、100隻近い大船団であるのに、それが1隻もいないとは…。
「探照灯点灯せよ。掃討始め」
敵のど真ん中で探照灯を点ずるなど、駆逐艦にとっては自殺行為だが、背に腹は変えられない。
陸上の林の中まで、見えるところは接岸して湾内くまなく探したが、輸送船はおろか、上陸用舟艇1隻見えない。
「ルンガ泊地に敵影なし、我帰途につく」
と司令部に報告して、針路を北に向けていたときだった。
「敵、魚雷艇2隻、左舷」
魚雷艇の姿は良く見えないが、遠くに戦闘機に似たエンジン音と、海面を裂く夜光虫の乱れが見える。
魚雷発射のため、突撃しているのだ。
「機銃座、射て。目標、左舷魚雷艇」
4基の20ミリ対空機銃が、闇を切り裂く無礼者に掃射を浴びせる。
「魚雷です。2本」
艦は魚雷を避けるため、急速回頭する。
疾風のように横切る黒い影は、艦橋に向かって機銃掃射を注ぐ。
まことに舌を巻く豪胆さである。
駆逐艦に、機銃1挺で歯向かうとは無茶な野郎達である。
アメリカ海軍にも、俺達に劣らず気の短いのがいる。
魚雷が目標をそれた腹いせに、ムカッ腹を立てているらしい。
いもしない輸送船捜索に意外の時間を費やして、ルンガ沖を魚雷艇の攻撃から脱出した頃は、もう夜明けも近かった。
東京の盛り場の愚連隊と同じで、昼は弱い。
敵が水上艦艇ならば、高速を利して逃げる手もあるが、昼間に飛行機の攻撃を受けることが泣き所となる。
駆逐艦の上甲板上には、魚雷が30本も置かれている。
これに機銃弾が1発でも命中すれば、1本の魚雷の誘爆で、艦体は消し飛んでしまう。
長居は無用、30ノットの高速で、ショートランドに向かって一目散である。
ルンガ沖を離れて3時間、ひた走りに走った。
100マイル近くルンガを離れたのでもう安心と、燃料の関係で速力を落として、20ノットにする。
夜は完全に明けて、朝の空は晴れている。
その朝の空に、爆撃機2機が飛んでいる。
「飛行機2機、本艦の上空にあります。中型機です」
と言う見張員の報告に、
「味方の偵察機でないか、ラバウルの中攻偵察機だろう、よく見ろ」
と見張員に言い終わらないうちに、かの2機はやおら我々に機銃掃射を加えてきた。
敵機であった。
ノースアメリカンB25型の爆撃機だった。
こうなると、応戦どころではない。
転舵に転舵で、激闘20分、執拗に迫る敵機をようやく振り切って、何とか危機を脱した。
それにしても、あの爆撃機はどこからやって来たのだ。
この辺りに、アメリカ軍の使用する基地はないはずだった。
まさか、昨日上陸したルンガ飛行場からではあるまい。
雨で泥沼化した滑走路を使える訳はないし…。
しかし、これはその後の偵察で分かったことだが、アメリカ軍はルンガ飛行場占領の翌日、もう飛行場を使用していた。
滑走路に鉄製の筵を敷き詰めていたのである。
日本の設営隊が8ヵ月かかった滑走路を、アメリカ工兵隊は一夜でものにしたのである。
我々がショートランドに帰ると、艦隊司令部からの電報が待っていた。
「今朝、航空偵察によれば、ルンガ沖に敵輸送船数十隻あり、荷役中なり。第7駆逐隊による昨夜の襲撃行動経過を、至急報告せよ」
司令部が第7駆逐隊の間抜けな行動に、カンカンに怒っているさまが、電文によく出ている。
「ルンガ沖に敵がいたって。そんな馬鹿なことがあるもんか。間抜けな飛行機野郎め、寝ぼけてるんじゃねえのか」
小西司令が、ハゲ頭から湯気を出して怒鳴る。
だが、ルンガ沖に敵輸送船が荷役中だったことは事実であった。
それというのも敵輸送船団は昼間だけ荷役をやり、日没になると近くにあるツラギ島の湾内に引き揚げ、夜間の襲撃に備えていたのである。
それを知らない第7駆逐隊は、輸送船が去ってもぬけの殻のルンガ沖を探し回ったのである。
我々が去った後、夜明けとともにゾロゾロとツラギ湾からルンガ沖に出て、荷役を始めたところを、我が偵察航空機が発見したという訳である。
これが分かったのは数日後であった。