【P84】
海軍では、1月15日、5月1日、9月1日と入団日が決まっていた海軍4等水兵の最後の体験者は、私たちと同期に入団したもので、2ヵ月間、4等水兵でいたことになる。
それと、海軍では、新兵には階級章がなく、カラスと呼ばれていた。

【P85】
その上が「兵曹長」で士官ではあるが、兵学校を卒業したばかりの「少尉候補生」や、学徒出身の「予備学生」の下の位置にあり、「准士官」と呼ばれていた。

兵からの昇進の最高位は「少佐」であったが、練習兵(特年兵)出身者は「大佐」までの昇進が約束されていた。

【P86】
海軍の志願兵は、予科練・電信兵・水中測的兵・軍楽兵などの特殊兵科を除き、一般の兵は海兵団で3ヵ月の新兵教育を受けると1等兵に進級し、艦隊や第一線部隊に配属されることになっていた。
だが、練習兵だけは海兵団で1年間の教育を受けるのだという。

【P178】
昭和18年12月29日。
陸軍部隊や戦略物資の移載を終え、準備万端ととのった「大淀」「能代」の2艦は、新鋭駆逐艦「秋月」と、旧式駆逐艦「山雲」の計2隻を従えて夕暮れ迫る泊地を静かに発進した。

【P221】
正月の初め頃は艦船の出入りもかなり多く、時々空母が飛行機を甲板上に満載して入港したが、2月になってからは入港する艦船もめっきり少なくなっていた。

【P232】
昭和19年2月24日、午前3時である。

「大淀」は風雲急を告げるサイパン島を目指して一路南下した。