第23師団編成表(13043)
 小松原通太郎中将
  参謀長―大内 孜大佐→岡本徳三大佐
  参謀―作戦・村田昌夫中佐、情報・鈴木善康少佐、後方・伊藤 昇少佐
 司令部(302)144
 第23歩兵団
  小林恒一少将
   歩兵第64連隊(3172)2388
    山県武光大佐
   歩兵第71連隊(3172)2404
    岡本徳三大佐【P204】→長野栄二中佐【P206】→森田徹大佐【P269】
     連隊付・東宗治中佐
     第2大隊長・馬場進少佐【P218】
     第2大隊第6中隊長・菅譲中尉【P218】
     第3大隊長・村田茂助少佐【P218】
     第3大隊第9中隊長・小野塚吉平大尉【P218】
     第3大隊第11中隊長・三木寅之助大尉【P219】
   歩兵第72連隊(3172)1705
    酒井美喜雄大佐
     第2大隊第8中隊長大武栄中尉【P210】
 第23捜索隊(318)275
  東中佐→井置栄一中佐【P206】
 野砲兵第13連隊(1872)1579
  伊藤大佐
 工兵第23連隊(593)371
  斉藤勇中佐
 輜重兵第23連隊(442)181
  緑川中佐

【P48】
 平本中尉の乗車「九四式軽装甲車」は、重量2.7トン。
 装甲6〜12ミリ。
 二人乗りで、最高速度40キロ(時速)。
 全装軌式。
 前方機動で、武装は6.5ミリ軽機関銃1挺という豆戦車で、もともと前線の弾薬補給用、または連絡用に設計されたもので、戦闘用の車両とは言えないものだったのである。
 12ミリ以下の装甲では、重機の徹甲弾で貫通されてしまうし、唯一の武装である軽機では、ろくに鉄帽さえ貫通できないのだから、敵の小銃兵以外には近づかない方がよい――くらいのモノであった。

【P52】
 参謀長・大内孜(つとむ)大佐(26期)が「この師団長のときに、戦いが起こらなければいいが」と、もらしていたという(扇資料)から、部下の将兵は大変だった訳だ。

【P88】
 この「重装甲車」は実質的には小型の戦車(豆戦車)だが、日本陸軍では当時"戦車"と名の付くものは歩兵の管轄だったので、騎兵の偵察用車両として採用・開発された、この豆戦車は"装甲車"と呼ばれたのである。
 (中略)
 92式重装甲車は重量3.2トン。
 武装は、13ミリ機関砲1門と、7.7ミリ重機(または6.5ミリ軽機)1挺で、装甲は6ミリ以下。
 (中略)
 しかし装甲6ミリでは、小銃の弾丸しか防げないので、全くの偵察用、または補給・連絡には使用できるが、重機以上の火器のある場所へは近づけない方がよいという、およそ非力な、形だけの、「装甲車両」だったのである。
 
【P119】
 ハイラルに待機していた辻政信は、山県からの報告に、多分彼一流のパンチを利かせて新京へ報告していたので、関東軍司令官から小松原宛てに賞詞電報が発信されるという"ていたらく"だった。

【P121】
 辻が愕然としてハイラルに急行したのは、馬場部隊のトラックに便乗してのことだろうが、30日の17時ごろノモンハン付近に到着したらしい。

【P122】
 辻は、戦場情報隊長(ハイラル特務機関長)近藤少佐のトラックで、山県部隊本部に向かい、日没どき(21時半ごろ)に到着した。
 「砂地に浅い壕が掘ってある。連隊長も旗手も両参謀も手持ち無沙汰の体で、第一線からの報告を待っているのであろう」
 と、支隊本部の第一印象を述べているから、彼の気性からして相当、頭にきた(?)のだろう。
 ここで辻の"主唱"による、遺体収容のための夜襲となるのだが、その模様が、いかにも辻らしいので「牛島全史」に引用されている"古川常深氏の手記"というのを、やや長文であるが、まことに興味深い内容なので、そっくり借用させて頂く。
 ――辻参謀はドスの利く低い声で山形支隊長に向かい「あなたは、この後始末をどうするつもりですか」と問いかけたが、支隊長は沈黙したまま。
 ……「あなたの用兵のまずさによって、東中佐を見殺しにした。あなたにとっては、東中佐は同期でもあるでしょう。まずい結果になったものだ」と、作戦の失敗を転嫁、糊塗するかの如く、恫喝にも似た強圧と懐柔をもって支隊長に迫った。
 支隊長が、今までの支隊の行動について説明したが辻参謀は、これを途中で、さえぎり「私が良い案を、さずけましょう」と言葉を柔らげ「こうなっては万事休すだ。それでは今夜半、支隊をあげて夜襲を決行しなさい。目的は、あくまで東部隊の遺体収容であるが、特に東部隊長の遺体は是が非でも収容し、状況がよければ、敵の死体であろうと何であろうと、一体も残さず収容しなさい」と申し伝え「このことは、私が新京に帰って、関東軍司令部、報道関係者等にも"山県支隊は30日未明、大夜襲を敢行して、敵を国境線外に撃退した"と発表するから、後のことは心配しないでもよい」と、支隊長を励まし……云々――。

【P140】
 一、使用兵力
  第23師団
   配属部隊
    歩兵第26連隊(第7師団所属、速射砲・連隊砲各2個中隊を増加配属)
    自動車輜重1個中隊(第7師団所属)
    自動車第1連隊(関東軍直轄)
    電信第3連隊(関東軍直轄)の有線1個中隊・無線1個小隊
  安岡支隊
   第1戦車団(戦車第3・第4連隊)
   配属部隊
    歩兵第28連隊(第7師団所属)の第2大隊(速射砲1個中隊配属)
    第7師団衛生隊
    独立野砲兵第1連隊(関東軍砲兵隊)
    速射砲第12連隊の1個中隊(関東軍砲兵隊)
    牽引自動車1個中隊(関東軍砲兵隊)
    工兵第24連隊(関東軍直轄)
    独立工兵第22連隊の1個中隊(関東軍直轄)
    自動車第3連隊(関東軍直轄)
    電信第3連隊の無線1個小隊

関東軍第三課兵站参謀・原善四郎大尉【P177】
歩兵第72連隊第2大隊長・小倉慶治少佐【P148】
関東軍から配属された機甲主任参謀・野口亀之助少佐【P149】
戦車第3連隊長・吉丸清武大佐【P173】
戦車第3連隊長副官・古賀大尉【P174】
戦車第3連隊第2中隊長・木野本守之助少佐【P170】
戦車第4連隊長・玉田美郎大佐【P149】
歩兵第26連隊長・須見新一郎大佐【P152】
歩兵第26連隊第1大隊長・安達千賀雄少佐【P187】
歩兵第26連隊第1大隊第1機関銃中隊長・近藤幸治郎大尉【P187】
歩兵第26連隊第1大隊砲小隊長・木次谷富三少尉【P】
歩兵第26連隊第2大隊長・河合自一少佐【P187】
歩兵第26連隊第3大隊長・菊地哲夫少佐【P187】
歩兵第26連隊第3大隊第10中隊長・国府義男中尉【P188】
歩兵第28連隊第2大隊長・梶川【P233】
自動車第4連隊長・田坂専一大佐【P165】
自動車第4連隊第1中隊長・川崎正彦大尉【P165】
自動車第4連隊第2中隊長・山口英男大尉【P165】
関東軍砲兵司令官・内山英太郎少将【P220】
野戦重砲兵第3旅団長・畑勇三郎少将【P220】
野戦重砲兵第3旅団野重第1連隊長・三嶋義一郎大佐【P220】
独立野重第7連隊長・鷹司信煕大佐【P220】
穆稜(ムーリン)重砲兵連隊長・染谷義雄中佐【P220】
野砲13連隊長・伊勢高秀大佐【P220】
独立野砲兵第1連隊長・宮尾幹夫大佐【P220】