【P20】
 オランダの地酒、ボルズ=ジンを味わいながら、乗組員と夕べのひとときを過ごしたことも何度かあった。
 おとなしい親切な男たちだったが、われわれのために、もっと何かをしたいと思っているようだった。
 彼らの母国を占領したドイツよりも、イギリスを憎んでいるのには驚いた。
 イギリスが諸悪の根源だと考えていたようだ。

【P30】
 シルバー=グリルで、案内の男から改めてAVGの様子を聞いた。
 最初のグループは一時ラングーンに駐留したが、市政を司るイギリス人の怒りに触れて、やむを得ず北の方に移ったのだそうだ。
 当時、ラングーンの新聞は、アメリカン・ボランティア・グループなるアメリカの《ならず者》集団について、容赦なく書き立てたという。
 シンガポールに対すると同様、役にも立たないブリュスター戦闘機を山ほど押しつけた。
 余計なお世話だ。
 助けが必要なら、イギリスが喜んでハリケーンやスピットファイア戦闘機を送ってくれる、とも言ったという。
 AVGに腹を立てたのは、イギリス人だけではなかった。
 アメリカ人すら知らないわれわれのことを、日本は知っていた。
 「飛行機乗りの宣教師や労働者を退去させよ」という長文の通告を、合衆国に送っていたのだ。

【P33】
 その飛行機はイギリス空軍に貸し出してあったカーチスP40であり、機銃を交換したり、被弾してもすぐに穴がふさがる仕組みのガソリンタンク、パイロットを保護する防弾鋼板がつけられていた。
 改造のおかげで重心位置が変わったのか、錐揉み(スヒ゜ン)からの回復が難しくなっていた。
 よほど高度がないと抜け出せないから用心せよ、という注意書が回った。

【P34】
 ところが、切線着陸(訳注・機体を水平に近く保って、尾部を落とさずに前方の主車輪だけで設置する方法)型のこの飛行機で、海兵隊式の三点着陸(訳注・主車輪と尾輪を同時に接地させる方法)をやった。
 天罰てきめん、接地した途端にひどいバウンドをして、あらぬ方向に機首が向いた。

【P36】
 日本機がかなり高空を飛ぶのを何度か見た。
 偵察機だろうと思ったが、機種を確かめるには高度が高すぎた。

【P38】
 12月中、数回空襲警報が出た。
 邀撃しようとあせったが、いずれも偵察機で、単機はるか高空を高速で飛び去ってしまう。
 まったく相手にしてもらえなかった。

【P39】
 12月21日、皮肉にも、わたしの非番の日に爆撃機が襲ってきた。
 (中略)
 結局、空中で叫び立てるサンディの声を聞くことで我慢した。
 爆撃機20機ほどの編隊に襲いかかる様子が手に取るようにわかった。
 護衛の戦闘機はいなかったようだ。
 燃料ぎりぎりまで追ってから帰ってきた。
 2機の爆撃機が火につつまれた様子、片方の発動機をもぎとられた1機が空中分解したときの有様など、初めての空中戦の報告に耳をそばだてた。
 (中略)
 ジム・クロスは穴だらけの機体で戻ってきたが、その後の空中戦でも、これがジムの専売特許になった。

【P40】
 クリスマスが日本人の休日ではなかったせいか、それとも、われわれのために、わざとその日を選んだのか、日本機はその日、ラングーンを空襲した。
 (中略)
 記憶が正しければの話だが、その日、“地獄の天使”は、襲ってきた120機ほどの日本機のうち、26機を撃墜した。
 何事にも控えめなデューク・ヘドマンが第2次大戦の最初のエース(5機撃墜)になった。

【P44】
 後日のことだが、海兵隊時代の同僚のブリュスター中隊が、ミドウェイで一人を残して全滅した。
 AVGにいなければ、わたしはその中隊にいたはずだった。

【P48】
 日本機は決まったように、同じ時刻に現れた。
 緒戦のしくじりから2日目、敵襲の報に編隊を率いて飛び上がった。
 今度は、とにかく敵の上方に出ることに専念した。
 その間に敵がラングーンに行き着くかどうかは二の次だった。
 うまく上方に出られた。
 死んだコーキーを除いて、同じ顔ぶれで同じ二段構えの隊形だ。
 整然とした敵編隊めがけて編隊のまま突っ込んだ。
 (中略)
 2機のペアで突進、1機を火だるまにした。
 (中略)
 切り返して、2機目に思い切り撃ち込む。

【P51】
 それでもついにシッタン川が注ぐ湾口を横切ろうとしている単機の97戦を発見した。
 苦もなく背後に忍び寄って、じっくりねらいを定めた。
 撃たれるまで敵は気がつかなかったようだ。
 横転しながら墜ちたが、気がついてみたら、ラングーンから70マイルも離れていた。

【P54】
 何度か警報があったが、2月半ばの空中戦では3機の戦闘機を撃墜した。

【P55】
 機外に出るのを僚機のパイロットが見ていたので、そのうちに帰ると思っていたが、帰らなかった。
 ビルマ人に殺されたというのが、おおかたの想像だった。
 ビルマ人が急速に日本側に接近する気配を感じた。
 危険なので、全員、ミンガラドン基地に戻り、危急の際には、ただちに施設を爆破して飛び立つ準備をした。
 最小限の人数の地上員を残して、トラックでマグエに先行させた。
 わたしは、とりあえず大修理を要する、7機のP40で先行することになった。

【P64】
 空母ヨークタウンで一緒だったころから、常ににこやかで人付き合いのよかった彼が口をきかない。

【P71】
 この間に、何機かのP40が急降下爆撃機に改造された。
 スピードブレーキをつけたほか、あれこれと改修が加えられたが、そのおかげで、敵に墜とされる前に死ぬ勇士が増えてきた。
 このあたりが潮時だった。
 航空隊に編入される7月1日までに、なんとしてもタイガーズを辞めることに決めた。

【P77】
 皮肉なことに、近くのビクトリー広場では、連日、戦意高揚の大集会が開かれていた。
 さらに皮肉だったのは、集会にきた軍人どもが、車を渡しながら、さんざん戦ってきたこのわたしに、「この非常時に何をしているのか」と言わんばかりの顔を見せることだった。

【P80】
 翌日、ジェネラル・ヘンダーソン号という小さな船で、ニュー・へブリジス諸島のエスピリツサントに向かった。
 とりあえず、海兵隊第一飛行大隊司令部のあったトンツダに寄ったが、さらに海上を6時間かけて島の反対側にあるファイター・ストリップ(訳注・戦闘機発着帯の意)と呼ばれる目的地に着いた。
 (中略)
 ここも後方基地のひとつで、ときたま爆撃機が夜間、単機で襲ってくる程度だった。

【P82】
 “洗濯機のチャーリー(ウオッシンク゛・マシン・チャーリー)”と呼んでいた日本の夜間攻撃機を避けて一晩泊まり、翌朝、だれかに乗せてもらって、エスピリツサントに帰るのが仕事だった。
 (中略)
 6週間のうち、4週間はガダルカナルからブーゲンビルにいたる島々を攻撃する急降下爆撃隊の援護にあたった。
 それ以外のときは周辺海域の警戒が任務だったが、飛行機雲しか見なかった。

【P85】
 われわれのF4Fワイルドキャトでは、ブーゲンビルまで往復できない。
 航続距離の長い双胴のP38を持つ彼らがうらやましかった。
 
【P86】
 5月の半ばに、新鋭のF4Uコルセアに機種改変のため、エスピリツサントに戻った。
 (中略)
 エスピリツサントに戻って、コルセアの慣熟訓練に入った。

【P88】
 222中隊のパイロットから何通かの手紙が届いた。
 ニュージョージアに進攻する海兵隊に、日本軍は全航空戦力を挙げて挑んできたそうだ。
 燃料が切れるまで戦え、そのあとは海上に不時着しろ、と命令されたほど222中隊は、過酷な戦闘を強いられた。
 戦闘らしい戦闘はそのときだけだったが、誰もがうらやむ30機撃墜の戦果を上げた、と書いてあった。
 不時着したが駆逐艦に救助されなかったパイロットは、沿岸監視員(コーストウオッチャー)のケネディ氏に協力する原住民に連れられて戻ってきた。

【P100】
 永遠の時が過ぎたような気がしたが、どうぞと言わんばかりに目の前を行くゼロを一連射したら、火を吹いて墜ちた。

【P101】
 急降下の勢いを駆って、1機の操縦席めがけて撃ちまくりながら突っ込んだ。
 勢いあまって近づきすぎた瞬間、ゼロが目の前で爆発した。

【P102】
 鉢合わせで、撃ち合いながらすれ違って振り返ったら、ゼロはゆっくりと機首を下げて、炎を引きながら海面に激突した。
 (中略)
 一撃したら、着水するような姿勢で海面にぶつかり、あっという間に沈んだ。
 (中略)
 考えるよりはやく、コルセアに近い1機をめがけて撃ちまくった。
 (中略)
 こちらも力一杯、操縦桿を引いてあとを追った瞬間、ゼロが火の玉になったのが見えたが、急激に機首を引き起こしたので、失速して錐揉みにはいった。

【P103】
 この日、単独で5機撃墜した。

【P108】
 迎撃するつもりだろう、30機ほどのゼロ戦が編隊で上昇してくる。
 (中略)
 わたしは隊長機を狙って突っ込んだが、射程距離に迫るまで1時間もかかったような気がした。
 0.50キャリバー6門の一連射で、あっけなく空中分解した。
 (中略)
 2機目を捉えて撃ったら、パイロットが飛び出した。
 落下傘の脇を飛び抜けて、3機目のゼロを捕捉、これも火の玉にする。

【P114】
 連日の戦闘に加えて、毎夜襲ってくる"洗濯機のチャーリー(ウオッシンク゛・マシン・チャーリー)"に催眠を妨げられて疲労がつのった。
 わずらわしいだけではなくて、チャーリーは何機もの飛行機を破壊したし、数人の地上員も殺傷した。

【P125】
 旧友のガス・ウッドヘルム海軍少佐がひきいる夜間戦闘機がムンダにきてから、"洗濯機のチャーリー"に悩まされることもなくなり、比較的正常な日々になった。
 この戦闘機は、大きなポッドに入れたレーダーを翼につけたコルセアで、その威力には目を見張った。
 (中略)
 戦い方も、活劇を演じるわれわれとは違っていた。
 レーダースクリーンの機影を追い、相手のコース、スピードを読みながらゆっくりと近づき、確実に敵を捉えるのだ。
 ガスたちのおかげで、よく眠れるようになった。

【P126】
 5千フィートで最初のゼロ戦を墜とし、余勢を駆って、下方を上昇中の2機目に火を吹かせた。
 3機目は、急降下でわたしを振り切ろうとしたが、これも撃墜した。

【P137】
 戦法が功を奏して3機撃墜した。
 最初の2機のパイロットは落下傘で海上に降りた。

【P139】
 12月27日に25機目を墜とした。
 いつもとかわらない出来事だったが、第1次大戦のエディー・リッケンバッカーと、今次大戦のジョー・フォスが肩を並べる撃墜記録にあと1機という数だった。

【P148】
 長い連射を浴びせたゼロからパイロットが飛び出した。
 主を失ったゼロが火につつまれる。
 (中略)
 10機ほどのゼロ戦だったが、そのとき、後上方からくるのが、追いついた味方ではなくて、敵だとわかった。
 ジョージとわたしは、左右に交差しながらカバーし合った。
 ジョージが一連射したゼロが火を吹いて墜ちていった。
 一瞬おいて、わたしが2機目に火を吹かせた。

【P149】
 トタン屋根を打つアラレのような音をたてて、背後の防弾鋼板に弾があたりだした。
 曳光弾が翼をかすめるのもわかった。
 ジョージのコルセアが炎につつまれて海面に激突した。
 万事休す……。
 いったん退避しようと全速で急降下に移り、海面すれすれで水平に引き起こした。

【P156】
 怒り狂った赤いミートボールが艦橋に描かれている。

【P160】
 その晩遅くに年配の紳士が現われた。
 あとで知ったが、ラバウル地区全体の司令官だった。
 ソロモン群島、ブーゲンビル、ニューアイルランド、ニューブリテンに加えて、日本軍の占領下にあるニューギニアの一部を含めた全地域が彼の指揮下にあった。
 (中略)
 司令官に向かって何か言っていたが、やがて、
 「痛いのなら、足を組んでよろしい、と司令官が言っておられる」
 と言うので礼を言って、もとの姿勢に戻った。
 誰が戦争をはじめたと思うか、と聞くから、
 「もちろん、あなた方です」と答えた。
 (中略)
 きちんと聞いていた司令官は、わたしの話が終わるや、時間がないが、帰る前にたとえばなしを聞かせたい、いいか、と尋ねた。

【P166】
 そのときは、フライング・タイガーズに志願して東洋に行くところだったし、そのあたりの事情がわかると、軍服なしに戦闘に加わった前歴がばれて、殺されても仕方なかったからだ。

【P168】
 「おい、なんとしてでも、おまえの司令官の名前を思い出せ。でないと、全員、銃殺だと提督が言っている」
 「ちょっと待てよ、どうしたんだ一体?」
 「昨夜、提督が寝ようとしたとき、寝所の近くに爆弾が落ちた。おそろしい剣幕で怒ったんだ」
 「しかし、名前がわかってどうなるんだ?」
 「名前とその男が寝る場所を教えろと言っている」

【P170】
 機長と副操縦士、通訳、監視の水兵1名、それに尾部銃座の射手、銃を持っているのは監視の水兵だけだった。
 操縦の2人を除いては、エンジンの音に誘われて眠りこけているように見える。

【P171】
 トラック島に着いた途端に友軍艦載機の空襲に逢った。
 乱暴な着陸のあと、強引なブレーキで急激に停止したので、何かが起こったと思った。
 突き飛ばされて転がらんばかりに機外に出た。
 目隠しをずらした罰かと思ったが、その瞬間、滑走路の彼方から、目の前に並んでいる日本機の列を目がけて銃撃してくるF6Fが見えた。
 われわれを乗せてきたベティが、あっという間に火につつまれた。
 遮二無二走らされて、防空壕に転がり込んだが、通訳が命を救ってくれたのだった。
 大混乱のおかげで、われわれを防空壕に入れる通訳を邪魔する兵隊もいなかったのだ。
 目隠しを下げて見たら、壮絶なエアショーが繰り広げられていた。

【P179】
 「七つの海を探したがな……おれは敵さんに出遭ったことがない。ボイントンの酔いどれが、なんでそんなに撃ち墜とせるんだ……。つまりはだな……どじを踏んで敵につかまっては、撃ちまくりながら逃げ帰るわけだ……酔いざましの、ただ酒目当てにな……」

【P184】
 中庭に何人かの捕虜がいたので顔見知りを探したら、空母ヨークタウンで一緒だった男がいた。
 「おいジュニア」
 と声をかけたが知らん顔だ。