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 そのベララベラ島には、日本海軍の通信隊や陸戦隊など267名、陸軍将兵290名、沈没艦より漂着したもの約40名がいたが、1943年8月15日にアメリカ歩兵師団が同島に上陸してくると、600名足らずの兵力では防ぎようもなかった。

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 出撃した第4水雷戦隊には、「セルフリッジ」のほかに2隻の駆逐艦が続いており、2隻とも新鋭の「フレッチャー」級駆逐艦で、そのうちの1隻の「シュバリエ」は、1月にレンネル島沖航空戦で重巡の警護に当たり、7月5日にはソロモン諸島のニュージョージア島に艦砲射撃をして、呉第6、横須賀第7特別陸戦隊と激しい砲撃戦を演じていた。

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 しかも、この海戦中に日本の駆潜特務艇らは、アメリカ駆逐艦「シュバリエ」などに機銃弾を浴びせられながらもベララベラ島にたどり付(ママ)き、同島にいた日本兵全員を収容してラバウルに帰還することができた。