【P106】
 だが、A級戦犯として巣鴨プリズンに収監された永野は、風邪をひいてぽっくり死んでしまい、東京裁判で、真珠湾攻撃の真実を語る機会を永遠に失った。

【P194】
 ボース移送計画の統括者として、統制派の大物だった寺内寿一の名がある。
 寺内は、インドの国民的英雄で、ネルーやガンジー以上の大物だったボースをスターリンのもとへ送り届けようとした。
 統制派とスターリンのあいだに手づるがなければ、できない相談である。
 日本にもぐりこんだスターリンのスパイ網の一つが、近衛内閣をあやつった尾崎秀実と駐日ドイツ大使館のリヒャルト・ゾルゲ情報官とのラインである。
 二人がゾルゲ事件で摘発されるまで、日本からスターリンのもとへ、政府や軍部の極秘情報が流れていった。

【P195】
 ゾルゲと尾崎を結びつけたのが、共産党の毛沢東と行動をともにしていたアメリカの女性新聞記者、アグネス・スメドレーで、スメドレーと、朝日新聞上海支局の尾崎秀実、ドイツ人記者、ゾルゲは、ともに、上海から、本国へ記事を送っていた。

【P199】
 ルーズベルトが、スターリンから手玉にとられて、蒋介石のいいなりになったのは、空想家だったからで、スターリンにぞっこんだったのは、妻のエレノアと同様、共産主義のシンパだったからである。