【P120】
 こうして多いときには、戦闘機7機、艦上攻撃機2機を保有していたこともあり、これらの飛行機は西飛行場をかこむ椰子林のなかに厳重に秘匿し、ときどきは夕方の敵機が遠のいたわずかなすきに離陸させ、飛行機はまったくいないものと安心しきっている敵機に、突如として奇襲をくわえたり、ときには戦闘機の全力をもって、遠くアドミラルティ諸島の敵飛行場を奇襲して大戦果を挙げたこともあった。 また、のちには艦上攻撃機2機をもって、夜間にアドミラルティ諸島の停泊艦船を奇襲雷撃し、敵艦船に魚雷を命中せしめて、敵の心胆をさむからしめたこともあった。

【P121】
 そのために、自分の命のように大事にしていた飛行機も、ときには損害をこうむることもあったが、それでも終戦を迎えた昭和20年8月15日においても、なお戦闘機2機、攻撃機1機を残していたのであった。
(中略)
 ほかに、もう一つ特筆すべきものは、ラバウルに残留していた水上機隊の活躍である。
 上空に敵戦闘機のいる昼間は、とても飛び出せないから、水上機の活躍する舞台はもっぱら夜間であった。
 ブーゲンビル島やその他の離島部隊との連絡に、あるいは遠くはなれた見張所に対する補給に、またはそのころ夜間になるとさかんに出没して補給行動中のわが大発艇や小発艇を襲ってなやませていた敵魚雷艇の攻撃に、これらの水上機は縦横に活躍していた。
 ときには、夜間に単機で敵基地を奇襲爆撃し、敵方をびっくり仰天させたこともあった。

【P139】
一五一空飛行長